『豊臣兄弟!』秀吉はなぜ離脱?与一郎は実子ではない?慶との雪解けに視聴者歓喜の第19回放送を考察:3ページ目
与一郎は小一郎の実子じゃないの?
劇中では小一郎の包容力を示さんばかりに連れ子設定となった与一郎ですが、実際には小一郎の実子だったと言われています。
ただし根拠となる文献『森家先代実録』や『高山公実録』は江戸時代に成立したもので、同時代の史料には登場しません。
与一郎は実名不詳。生年不詳~天正10年(1582年)ごろ没とされ、与一郎という通称(※)を名乗っていることから、生きている内に元服していた≒十数年以上は生存していたことがわかります。
(※)劇中では幼名のように扱われていますが、通称は元服した男性が用いるものでした。
推定没年から逆算すると、与一郎は元亀元年(1570年)以前に誕生していたと考えるのが自然でしょう。
後に与一郎は岩(いわ。智勝院殿)という女性(那古野勝泰女)を娶り、与一郎が亡くなると彼女は小一郎の養女となりました。ややこしいですね。
与一郎は武将として秀吉の中国攻めにも参陣していたことが『播磨鑑』や『別所軍記』に記されているので、与一郎の凛々しい若武者姿を楽しみにしましょう!
大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長 唯一の嫡男。歴史から消えた幻の息子・羽柴与一郎の謎多き生涯
第20回放送「本物の平蜘蛛(ひらぐも)」
信長(小栗旬)は、上杉攻めから離脱し勝手に帰国した秀吉(池松壮亮)に激怒。蟄居のうえ、死罪に処すと申し渡す。羽柴家一同が助命嘆願に奔走する中、松永久秀(竹中直人)が再び裏切ったという知らせが入る。九死に一生を得た秀吉と小一郎(仲野太賀)は久秀との談判に臨み、唯一無二の茶器・平蜘蛛を渡せば謀反は不問にするという信長の意向を伝える。だが破格の条件にもかかわらず、久秀はなぜか応じないと言い張る。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
さて、次週は戦国三大梟雄の一人・松永久秀が壮絶な最期を遂げる名場面のようです。果たして久秀がどのような形で、平蜘蛛茶釜と運命を共にするのでしょうか。
サブタイトルを見ると「実は本物は……」という展開になるのかもしれません。久秀が命懸けで執着した天下名物・平蜘蛛茶釜がどのような運命をたどるのか、心して見守ろうと思います。
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