朝ドラ【風、薫る】りんの人生を動かす外科助手・黒川勝治(平埜生成)…実在モデル・瀬尾原始の実像:4ページ目
原始の家族の看護により信頼関係が深まる
知命堂病院の看護長に就任後、和は瀬尾の次男が気管支カタルが悪化して呼吸困難になりチアノーゼになったとき、現在でいう人工呼吸をして救命措置を行いました。
さらに明治27年(1894)、全国的にコレラや腸チフスが流行ったとき、妻の瀬尾ソノが腸チフスに感染。和はソノが回復するまで看護を行なったそうです。献身的に家族の看護をしてもらったことが、さらに瀬尾と和の信頼関係を深めたのでした。
また、同年、原始は『知命堂病院 附属産婆看護婦 養成所』という看護学校を開設。原始は所長、和は知命堂病院の看護長と兼ね看護学校の講師にも就任しました。
さらに、新潟上越地方でも感染症が拡大したときのこと、原始は私費を投じて『速成看護婦 養成所』も設立します。感染症患者の看護を担当する看護婦を養成することにしたのでした。ここの運営にも和が関わる予定だったともいわれています。
けれどもちょうどこの頃、恩師のマリア・T・トゥルーの病状が悪化。自分で看護をしたいと、原始に願い出て和は明治29年(1896)に帰京したのでした。
モンスターペイシェント問題のある時代だからこそ
帰京後も和はさまざまな活躍をしますが、それはまたご紹介しましょう。
世間や病院で差別や偏見と戦いつつ、新たな人脈と人生を築いていく大関和さん。ドラマでは、“正しいことをしよう”と、へこたれながらもあきらめずにしつこく食い下がるガッツのあるりんを見ていると、和さんも想像を絶する苦労を重ねてたのだなと思います。
モンスターペイシェントといわれ、看護師・医師・病院スタッフなどに理不尽な要求、暴力や暴言など非常識な言動を繰り返す患者が問題になる現代。特にコロナ感染拡大期には問題になりました。(実際、私も大病院で、看護スタッフを明治時代のように「下女扱い」する非常識な患者がいるのを、何度か見かけました。令和だというのに…)
当たり前のように病院で看護を受けられる時代だからこそ現場で働く人へのリスペクトや、数多くの先人が大変な思いをしつつ「看護への道」を切り開いてくれたことへ感謝の念は持ちたいもの。
今は、苦労しているけれど差別や偏見に負けず、頑張れ!梅岡看護婦養成所 一期生の“ナース7”!
※朝ドラ「風、薫る」実在モデル紹介記事:



