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『豊臣兄弟!』なぜ豊臣秀吉が天下を取れたのか?〜朝廷の権威を利用し天下人の地位を築く[後編]

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「羽柴」の苗字を与えることで大名を一門化

このようにして天下を掌握した秀吉は、政権維持のために関白家の力を利用します。それが、「羽柴」苗字の乱発でした。

豊臣政権下では、徳川家康をはじめ、その中核をなす大名の多くが「羽柴」を名乗っていました。これは、秀吉が彼らに羽柴の苗字を与えたためであり、与えられた大名たちは、秀吉の一門衆として位置づけられたのです。

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しかも彼らは、大納言・中納言・少将・侍従といった官名で呼ばれています。例えば家康は羽柴武蔵大納言、前田利家は羽柴加賀中納言、島津家久は羽柴薩摩侍従といった具合です。

このような呼び名は、大名が武家でありながら、同時に公家的な身分秩序の中にも組み込まれていたことを意味しています。

すなわち秀吉は、朝廷における最高位という立場を利用し、諸大名を任官させることで、彼らを「武家公家衆」として再編成し、自らの統制下に組み込んでいきました。

秀吉には秀長や秀次ら一門衆のほかに、譜代と呼べる家臣はほとんどいませんでした。だからこそ秀吉は、武家摂関という立場と朝廷の権威を最大限に活用し、「羽柴」という苗字と官位を諸大名に与えることで、新たな主従関係と政治秩序を創り出していったのです。

このようにして秀吉は、「天下人」という地位を完成させたのです。

※参考文献
黒田基樹著 『羽柴を名乗った人々』 角川ソフィア文庫
日本史深堀講座編 『豊臣兄弟と天下統一の舞台裏』 青春文庫

 

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