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『豊臣兄弟!』なぜ豊臣秀吉が天下を取れたのか?〜朝廷の権威を利用し天下人の地位を築く[後編]

『豊臣兄弟!』なぜ豊臣秀吉が天下を取れたのか?〜朝廷の権威を利用し天下人の地位を築く[後編]:2ページ目

惣無事令という勅命で戦国を終わらせる

関白・太政大臣となった秀吉は、朝廷の権威に基づき「惣無事令」を発布しました。この法令は簡単に言えば、大名同士の私闘を禁じるというものです。

そもそも戦国大名たちは、自分の家臣や領民のために自領を守り、利あれば領土を拡大するために、隣接する大名同士で争っていました。

だから、大名たちも農民から成り上がった得体の知れない秀吉に、「今後は勝手に争って領地の取り合いをしてはならぬ」と言われてもおいそれと従うはずはありません。

長年秀吉と争ってきた大名や織田家中の武将はともかく、畿内から遠く離れた九州の島津氏や関東の北条氏が、惣無事令に従わないのは当然であったのです。

しかし秀吉は、天皇を補佐する関白でした。つまり秀吉の命令に従わないということは、朝廷そのものに逆らうことを意味したのです。

秀吉は、「勅命である惣無事令に違反した大名を討伐する」という大義名分を掲げ、1586年(天正14年)の九州征伐で島津氏を屈服させ、続いて1590年(天正18年)の小田原征伐で後北条氏を滅ぼし、天下統一を成し遂げたのです。

3ページ目 「羽柴」の苗字を与えることで大名を一門化

 

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