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朝ドラ『風、薫る』ナイチンゲールの教え子だった厳格教師…バーンズ先生のモデル、アグネス・ヴェッチの生涯

朝ドラ『風、薫る』ナイチンゲールの教え子だった厳格教師…バーンズ先生のモデル、アグネス・ヴェッチの生涯:2ページ目

バーンズ先生のモデルとされるアグネス・ヴェッチ

バーンズ先生を演じるのは、ロンドン出身の女優のエマ・ハワードさん。NHKでは「英語であそぼ」「負けて勝つー吉田茂」ほか、テレビ・舞台・CM・ナレーションなど幅広く活躍している人です。

バーンズは、生徒に「ナイチンゲール方式」による看護教育を行います。

実習を中心とした「病院での実地訓練」や科学的看護「衛生・環境の重視」だけではありません。看護婦には規律と人格も求められるために生活態度や礼儀の教育も行うのです。

バーンズのモデルではないかといわれているのが、実在の人物アグネス・ヴェッチ。

史実では、ドラマの中の『梅岡女学校付属看護婦養成所』のモデルとされる『桜井女学校附属看護婦養成所』において、りんのモデル大関和、直美のモデル鈴木雅にまで、看護学を教えていたそうです。(明治20年(1887)10月〜明治21年(1888)年10月ごろ)

ナイチンゲールの教え子だったアグネス・ヴェッチ

アグネス・ヴェッチは、天保13年(1842)に、スコットランドのエジンバラで誕生。明治7年(1874)には旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校にて一期生として入学し、看護を学びました。

卒業後にエディンバラ王立救貧院病院で看護婦を始め、その後、セント・メアリー病院や新エディンバラ王立救貧院病院でも働いています。明治14年(1881)に病院を退職、兄が宣教医をしていた清朝に向かったのです。ずいぶん行動力がある女性だったようですね。

(余談ですが、ヒロインたちはもちろん、大山捨松(多部未華子)といい矢嶋楫子がモデルでは?と推測される梶原敏子(伊勢志摩)といい、日本に「看護の道」を切り拓いた女性たちは、この時代に海外に行っていたせいか、すごい行動力があって圧倒されます)

アグネス・ヴェッチは、明治20年(1887)に日本政府に「お雇い外国人」(※)として招聘され、東京帝国大学(現在の東京大学)医科大学第一病院の看護教師として着任しナイチンゲール方式の看護を教えます。

※お雇い外国人:幕末・明治の日本で、政府・民間を問わず各機関や個人に雇われた人

1年間、同病院で看護教育に当たる中、宣教師のマリア・T・トゥルー(ドラマ内では、宣教師メアリーのモデル)が創設した桜井女学校から来た大関和や鈴木雅らを、同病院の看護婦や副看護婦と合わせて指導、看護方法の講義のほか西洋式の看病術を病院で実地訓練していました。

その際、複雑な日本語を話せないときは、英語が堪能だった鈴木雅が通訳をしていたといわれています。

1888年(明治21年)11月に任期満了となり日本を離れますが、彼女の教育のもと、桜井女学校からの依託生6人を含む28人が看護婦として養成され、うち1人は看護教師となりました。

修了式では個々に修了証が手渡されたのですが、鈴木雅の修了書だけ「彼女は自分の職務に対し、最も理解しており、看護教育に最適な人物と考える」と署名入りで書いてあったとか。冷静で芯の強い雅を自分の後継者にと思っていたそうです。

「トレインド・ナースの育成」という偉業をなしとげたアグネス・ヴェッチは、1942年に故郷のエディンバラで100歳で亡くなりました。

3ページ目 バーンズ先生が教える『看護』の本質

 

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