かつて「タバコ」は神聖な植物であり“万能薬”だった…人類史に刻まれた知られざる役割:3ページ目
現代、宗教ではどう扱う?
仏教では
ところで、仏教には「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」はありますが、「不喫」の禁止はありません。なぜなら、釈迦の時代にはタバコが存在しなかったからです。
ただ、僧侶に聞けばやはり受動喫煙や中毒性の観点から推奨はされません(当たり前といえば当たり前ですね)。しかしタバコをたしなむ際には、タバコの葉の植物に感謝をし、周囲の人間に謝罪の心をもって接せねばならぬという姿勢のようです。仏教では生きるということは、直接・間接的関わらず他者に迷惑をかけることと捉えているので、このように寛容な側面も持ち合わせているようです。
キリスト教
個人の嗜好品としての立ち位置は、現代のカトリックやプロテスタントの多くは個人の自由として認めていますが、モルモン教などは健康上の理由からコーヒーやアルコールと共にタバコを禁じています。
イスラム教
コーランに記述はありませんが、現代のイスラム法学者の多くは、健康への害や依存性を理由に「ハラーム(禁止)」または「マクルーフ(忌避されるべきもの)」と見なしているようです。
タバコは、やはり古来の宗教感と関係が深い存在だったことがわかりました。
宗教的イメージと清浄化するイメージのどちらが先かはわかりませんが、千年以上も良いものとして人間に親しまれていたことは確かです。
薬効よりも健康を害するものとして立場はひっくり返りましたが、新型コロナ流行感染の時期には、喫煙者が感染しづらいという医学的見解もありました。
人体の不思議ですね、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということでしょうか。
古代では神の嗜好品であり、宗教では神とつながるアイテムであり、民間では体を清め薬効があるとされてきたタバコ。人類史で無視できない存在であったことは間違いありません。