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大河『豊臣兄弟!』では描かれない?浅井長政への忠義を貫き通した戦国武将・赤尾清綱の壮絶な最期

大河『豊臣兄弟!』では描かれない?浅井長政への忠義を貫き通した戦国武将・赤尾清綱の壮絶な最期:2ページ目

最期まで信頼に応える

清綱に対する信頼の厚さを示すエピソードとして、例えば浅井氏の本拠地である小谷城には「赤尾曲輪(〜ぐるわ)」と呼ばれる防衛拠点がありました。

清綱はここに館を与えられ、常に主君の側近くでお守りしていたのです。

普通の家臣は城外に館を持ち、城に詰めるのは有事に限られていました。もし城内で謀叛を起こされてはたまりませんからね。

長政は「清綱は決して謀叛など起こさない、いつも側で助言し、いざ有事は守ってほしい」と期待していたのでしょう。

清綱はその期待に最期まで応え続け、天正元年(1573年)9月1日に小谷城が攻め落とされると、織田信長(小栗旬)の面前で切腹して果てたのでした。

享年60歳。一説には生き恥をさらすまいと長政・浅井政元(まさもと)兄弟を連れて赤尾曲輪で自害したとも言われています。

終わりに

今回は浅井三将の一人である赤尾清綱について、その生涯をたどってきました。

多くの将兵が織田に降伏・臣従する中、最期まで忠義をまっとうした姿は、武士の手本と言えるでしょう。

果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」に赤尾清綱が登場するのか、楽しみにしています!

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※参考文献:

  • 『ジュアル解説 切腹で読む日本史』スコラマガジン、2016年9月
  • 『大日本地誌大系 第26巻』国立国会図書館 次世代デジタルライブラリー
 

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