【豊臣兄弟!】豊臣秀吉と秀長は“貧しい農民出身”は間違い?史料が示す、通説を崩す意外な出自
農民出身とは限らない?
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で話題の豊臣秀吉と弟の秀長ですが、豊臣秀吉は「貧しい農民の子から天下人へ」というストーリーで語られることが多いですね。
畑を耕す百姓の家に生まれ、努力と才覚でのし上がったという筋書きは、誰にとっても分かりやすく魅力的に見えるサクセス・ストーリーです。
しかし史料を丁寧に見ていくと、この前提そのものが大きく揺らぎます。そもそも当時の「百姓」という言葉は、農民に限定されず、庶民一般を指す広い概念でした。
まず秀吉の父・弥右衛門についても、農民だったと断定できる史料は存在しません。
『太閤素生記』には弥右衛門は鉄砲足軽だったと記されていますが、秀吉が誕生したのは鉄砲伝来以前であり、明らかに矛盾しています。
ちなみにこの頃、弟の秀長はまだ幼く、兄と同じく中村の貧しい家で育っていたと考えられますが、とはいえ兄弟が農業に従事していたという証拠もありません。
では、秀吉と秀長はどんな環境で育った可能性があるのでしょうか。
2ページ目 秀吉と秀長は本当に農民だったのか?出自の痕跡を追う
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