【豊臣兄弟!】共闘から決裂へ…織田信長と戦い続けた足利義昭(尾上右近)、執念の生涯[後編]:4ページ目
室町幕府は義昭の死により幕を閉じる
ところが、その運命を覆す出来事が起こります。1582年(天正10年)6月2日早朝、京都本能寺にて、信長が明智光秀により討たれたのです。(本能寺の変)
この後、山崎の戦い、賤ケ岳の戦いなどを経て、天下を掌握した秀吉のはからいで、義昭は再び京都へ戻ります。約15年ぶりの帰還でした。
しかし時代はすでに変わっていました。秀吉は関白・太政大臣として公武の頂点に立ち、圧倒的な地位を築いていました。一方の義昭は、その庇護下に入り、1万石の所領を与えられます。
そして1588年(天正16年)正月、義昭はついに将軍職を朝廷へ返上しました。この時、秀吉の奏請によって皇后などに次ぐ准三宮の称号を受け、諸大名中最高の格式を得ています。
しかし、後継となるべき子・義尋は僧籍にあり、還俗の動きも見られませんでした。ここにおいて、約240年間続いた室町幕府は名実ともに終焉を迎えたのです。
1597年(慶長2年)、義昭は大坂にて61歳で死去します。彼の生涯は、決して平坦ではありませんでした。流浪の身から将軍となり、追放されてもなお将軍であり続け、何度も復権を試みました。
その姿は、単なる室町幕府「最後の将軍」ではなく、「最後まで将軍であろうとした男」として記憶されるべきでしょう。
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※参考文献
山田康弘著『足利将軍家たちの戦国乱世』 中央新書




