『豊臣兄弟!』お市と浅井長政の夫婦仲は今後どうなる?柴田勝家との再婚・悲劇の運命までを考察:4ページ目
福井県に伝わる「お市生存説」
長政が自害し、天正10(1582)年6月2日の本能寺の変で兄・信長も亡くなり、36歳頃だったお市は、20歳以上も年上の信長の家老筆頭・柴田勝家(山口馬木也)と再婚。
実は秀吉が仲介だった!?お市の方と柴田勝家が結婚した理由
その勝家も秀吉との賤ケ岳の戦いに敗れ、居城の北庄城に籠城。お市もともに自害の道を選びます。
激動の人生を歩んだお市ですが、実は「生存説」があります。
実は、北庄城が落城するときに、お市は城の裏手を流れていた足羽川から脱出し、現在の福井県坂井市三国町の勝久寺に逃げ潜伏。
その後、信長の支援者で織田家を財政面で支えていたという豪商・森田家に匿われたそうです。
さらに、旧浅井家家臣の手引きで近江国に移り、やはり浅井家の残党・浅井治郎左衛門の案内で伊賀の下友田に移り住み、53歳に亡くなったとのこと。
治郎左衛門は、荼毘に付されたお市の喉仏を保管し続け、今では三重県伊賀市の浄光寺にある浅井長政の供養塔に納められているという話があります。
この生存説の背景は、「それからのお市の方―北ノ庄落城異聞」の作者中島道子氏によると、浅井の残党が結束を維持していくためにお市伝説を作ったのではといわれています。
最後に
実はお市に関する歴史的な資料は少ないそうです。そのためか、大河ドラマに登場するお市・信長像は時代とともに変化しています。
信長のキャラクターは冷酷な絶対君主から、近年では「繊細さや孤独を持ち合わせるカリスマ」というイメージに、お市は、悲劇の美女から、自分で生き様を選ぶ芯の強さ、知性の持ち主というイメージに変化しているそうです。
前項でご紹介したように、「豊臣兄弟!」は「男の数だけ女性もいる」という考え方で、女性のキャラクターもドラマティックに描いていくのがコンセプトのよう。「ばちばちの男同士の戦だけではない」のが、このドラマの魅力だと感じます。
お市と長政の関係、のちの柴田勝家との再婚など、どのように描かれるのでしょうか。(今のところ、勝家の隠しきれないお市に対する想いがちょいちょい顔にでていますね)今後の展開も見逃せません。
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参考:
- 福井県ホームページ「生存説が残り絶世の美女、お市」
- 浅井長政のすべて 小和田 哲男 著


