『豊臣兄弟!』第9回、あの“謎の武将”は誰だ?斎藤龍興の忠臣・長井隼人正道利の最期【後編】:3ページ目
後斎藤家復興を図るも志半ばで討死
稲葉山城を退去した道利は、龍興とともに長島一向一揆に加わり、信長への抵抗を続けます。さらに堺へ赴いて三好三人衆に味方し、1569年(永禄12年)以降は信長と対立した第15代将軍・足利義昭に仕えました。
道利は龍興とともに反信長勢力として執念ともいうべき活動を続けましたが、結局は志半ばで討死してしまいます。
道利の最期には二つの説があります。
一つは、義昭の命で荒木村重(演:トータス松本)と交戦していた和田惟政の援軍として出陣し、1571年(元亀2年)8月、白井河原の戦い(大阪府茨木市)で討死したという説です。
もう一つは、1573年(天正元年)8月、信長の追撃を受ける朝倉義景(演:鶴見辰吾)の客将として、主君義龍とともに、越前刀根山(福井県敦賀市)で討死したという説です。
このように道利の最期は、その謎多き生涯を象徴するかのように確かなことが分かっていません。
しかし、道利の生涯を思うならば、筆者は後者であってほしいと考えます。越前刀根山での戦死は、反信長包囲網が一度は成立した後の戦いだったからです。
1572年(元亀3年)、武田信玄はついに上洛の兵を率いて甲府を出陣しました。三方ヶ原の戦いで徳川家康(演:松下洸平)を撃破し、信長の本国である尾張・美濃へ迫ります。
この報を知った道利は、「信長滅亡の時来たれり」と奮い立ったのではないでしょうか。しかし、その夢は儚くも消え去ります。信玄は病のため陣中で没したのです。
稲葉山落城から6年。後斎藤家の美濃復帰という道利の夢は、ついに叶うことはありませんでした。
しかし裏切りが常の戦国の世にあって、最後まで主君を支え続けたその生き様は、称賛されるべきものではないでしょうか。
そして『豊臣兄弟!』の中で、この謎の人物が再び登場することはあるのでしょうか。道利の生涯を思えば、そうであってほしいと願わずにはいられないのです。
※参考文献
横山住雄著『斎藤道三と義龍・龍興』 戎光祥出版

