『豊臣兄弟!』第9回、あの“謎の武将”は誰だ?斎藤龍興の忠臣・長井隼人正道利の最期【後編】:2ページ目
龍興の筆頭家老として表舞台へ再登場
父・義龍の急死により、わずか15歳で美濃国主となった斎藤龍興。政権発足当初は、武井夕庵(たけい せきあん)をはじめ、稲葉良通(演:嶋尾康史)、氏家直元(演:河内大和)、安藤守就(演:田中哲司)ら美濃三人衆が合議制で政務を支え、龍興を補佐していました。
しかし、強敵であった義龍死去の報を得た織田信長は、ただちに美濃侵攻を開始します。龍興にとって喫緊の課題は、この信長の侵略への対応でした。
こうした状況の中、道利は再び頭角を現し、斎藤家の筆頭家老として表舞台に躍り出ます。弱年で軍事・政治の両面において未熟だった龍興にとって、美濃をまとめ上げるには後斎藤家一門の重鎮である道利の力が不可欠だったのでしょう。
また、道利が武田信玄と通じていたことも、大きな意味を持っていたと考えられます。実際、道利は義龍急死の直後から頻発する信長の侵攻を憂慮し、信玄に援軍を要請した記録が残っています。
信玄もこれに応え、「出動してほしいとの知らせを受けたので、信州勢を加勢に派遣する準備を進めている」とし、さらに「今後も即応体制を取るので、加勢や城米輸送についても遠慮なく申し出てほしい」と道利に書状を送っていました。
しかし、その後も信長の侵攻は止むことなく、龍興主従は徐々に追い詰められていきます。1565年(永禄8年)、道利は織田家の武将となっていた異母弟・斎藤新五利治に敗れ、中濃地方を失いました。さらに1567年(永禄10年)、稲葉良通・氏家直元・安藤守就ら美濃三人衆が信長に内応し、斎藤家を離れてしまいます。
こうして信長はついに稲葉山城を攻略。同年8月、道利は龍興を扶けて稲葉山城を脱出し、木曽川を船で下って北伊勢の長島へと退きました。
ここで皆さん、思い出してほしいことがあります。『豊臣兄弟!』第9回で描かれた“謎の武将”の腹巻姿です。もし彼が道利であるならば籠城を主張しながらも、龍興救出のため城山を下ることを想定して軽装だったのかもしれません。
そこまで考えて腹巻を着せていたとしたら、『豊臣兄弟!』の制作スタッフには脱帽と言わざるを得ないでしょう。

