どうした秀吉?『豊臣兄弟!』藤吉郎が踏んだ豊臣崩壊ルート…戦国時代、最終局面の誤算とは:4ページ目
「どうした秀吉?」その3.朝鮮出兵(文禄・慶長の役)
そして、最大の「どうした秀吉?」が、晩年の秀吉が行った朝鮮出兵です。豊臣家衰退の大きな要因となっていくこの遠征は、天下統一を成し遂げた秀吉の壮大な構想とはいえ、その代償は想像以上に大きなものでした。
秀吉の死後、若き秀頼を支えるべき存在は、本来であれば秀吉に臣従してきた豊臣家臣団だったはずです。ところが、長期にわたる出兵は諸大名を著しく疲弊させ、国内の政治状況にも深い亀裂を生みました。
とりわけ、いわゆる文治派と武断派の対立は深刻でした。その溝はやがて修復困難なものとなり、福島正則や細川忠興といった、本来なら秀頼を支える立場にあった大名たちまでもが、最終的には徳川家康の側へと傾いていきます。
その流れは、やがて関ヶ原合戦の行方を大きく左右することになります。そして、その帰結として訪れたのが大坂の陣による豊臣家の滅亡でした。
秀吉晩年の行動が、思いもよらぬかたちで豊臣家の未来を揺るがせていく。朝鮮出兵とは、その決定的な出来事の一つだったと言えるのかもしれません。
人生の最終局面において、ようやく「家」というものの重みに目覚めた豊臣秀吉。その秀吉が、臨終の床で繰り返し口にしたのは、自らの死後、豊臣家が滅んでしまうのではないかという切実な不安でした。
秀吉の歩みを振り返れば、「家」の存続を危うくしかねない決断も少なくありませんでした。それでも病に伏しながら、「どうか皆で秀頼を支えてほしい」と懇願する姿には、どこか痛切な哀しみさえ漂ってきます。
そして1598年(慶長3年)8月18日。稀代の英傑・秀吉は、62年の波乱に満ちた生涯に幕を下ろしたのです。
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※参考文献:本郷和人著 『戦国史のミカタ』祥伝社新書


