朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道:3ページ目
健康や命を守る「看護」がなぜ“賎業”とされたのか
せっかく、看護学校ができて、ようやく日本も、多くの病人や怪我人が救われるような近代国家になった……と思いきや。
明治時代は、まだ看護という仕事はすぐには理解されなかったようです。今回ドラマで描かれる時代は、「看護婦は金のために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業(せんぎょう)」と見なされていたそうです。
現代から考えると、病気や怪我のときにお世話になる看護のプロに対して「なぜ?」と感じますよね。
“日本人独特の差別意識”からくるものかと思いましたが、日本だけではなかったようです。
患者の排泄物・傷・血液・膿・死体などに触れる仕事は、宗教的や慣習的に「穢れ」と結びついて考えられることが多かったとか。そのため、他人には触れさせずに家族が行うという意識が強かったようです。
ところが明治になり、若い女性が看護職として赤の他人の病巣・傷・血液・死などに間近で触れ合うという感覚が、一般的にはなかなか理解しづらかったといわれています。
さらに、明治時代の日本は「女性は家を守るのが仕事」「良妻賢母でいることが務め」という古い価値観が蔓延していた閉鎖的な時代。
若い女性が、男性の医師や患者と触れ合い、夜勤もあり寄宿舎生活をするなど、「嫁入り前なのにとんでもない!」という認識もあったようです。
ナイチンゲール以前の欧州でも、看護は修道女や下層階級の女性の仕事とみなされてたそうです。
けれども、日本は、日清・日露戦争を経て、従軍看護婦や赤十字看護婦が国家的英雄像に近い扱いを受け、他の国とくらべると比較的早く評価が上がったのでした。
