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新撰組・土方歳三と渋沢栄一は“友人”だった!なぜ接点が?──幕末京都に残る意外すぎる証言

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二つのエピソード

渋沢が京都で務めていた役目は陸軍奉行支配調役というもので、治安や軍務に関わる仕事でした。

ある時、問題人物として知られた大沢源次郎の捕縛を命じられ、その際に新選組が護衛として同行したとされています。

新選組と渋沢栄一、実は幕末の京都で奇跡的に出会っていた――土方と渋沢が認め合った日

2024年度から新一万円札の肖像に採用された「渋沢栄一(しぶさわえいいち)」。2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」では主人公としてその生涯が描かれ、より多くの人に知られるきっかけにもなりました…

それで逮捕の場で渋沢が述べた口上が見事だったらしく、土方は渋沢を高く評価したと伝えられています。

渋沢の四男の記録によれば、土方は渋沢に向かって「理論の立つ人は勇気がなく、勇気のある人は理論を無視する。君は両方いける」と語ったとされます。土方は、渋沢の判断力と度胸を認めたのです。

ただ、それだけでは「だから二人は友人だった」とするのは無理がありますね。

もう一つ、渋沢が新選組隊士の恋愛のもつれに巻きこまれ、隊士たちに自宅を襲われそうになったというエピソードも残っています。

この時、普通なら命の危険があったはずですが、渋沢が土方の名を出すと隊士たちは引き下がったとか。

この話が事実なら、渋沢と土方の間には、名前を借りられるほどの信頼関係があったことになるでしょう。

しかしこれは、二人が友人同士だったことを示す傍証に過ぎません。そもそもなぜ二人の間にそのような信頼関係が生まれていたのか、またなぜそれは後世でもほとんど知られていないのか、その点は説明できません。

3ページ目 遊興好きという共通点

 

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