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実は“カネの亡者”だった戦国武将・明智光秀──人望を金銭で補おうとした資金調達係の末路

実は“カネの亡者”だった戦国武将・明智光秀──人望を金銭で補おうとした資金調達係の末路:3ページ目

徹底的に「人を金で動かす」

さて本能寺の変の後、光秀は安土城に乗り込み、蓄えられていた金銀財宝を手に入れました。

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ここまでは当時の勝者として一般的な行動ですが、光秀はそこから現代換算で数億〜数十億円規模のバラ撒きを行い、味方を増やそうとしています。

宣教師ルイス・フロイスの記録では、光秀は有力武将に7,000クルザード(約1億6千万円)を与えたとされます。朝廷にも2万クルザード(約4億6千万円)を献金しました。

さらに光秀は京都の庶民にも減税を行い、「人間は金で動く」という信念を徹底していました。

たしかに戦国時代の武将は金で動くことが多く、秀吉も備中高松城からの帰還時に兵へ臨時ボーナスを支給しています。しかし、光秀のバラ撒きは規模が桁違いでした。

しかし致命的なことに、光秀には秀吉のような人望がありませんでした。

その結果、ご存じの通り光秀の天下は「十日天下」(実際は十一日でした)で幕を閉じます。

山崎の戦いで敗れ、逃亡中だった彼は「逃亡に協力してくれた者に莫大な黄金を与える」と約束していたにもかかわらず、農民に襲われて死亡したのです。

天下人に必要なのは金だけではなく、人を惹きつける力でした。光秀の資金調達力は優秀でしたが、それは同時に彼を孤立させる諸刃の剣でもあったのです。

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参考資料:
堀江宏樹『日本史 不適切にもほどがある話』三笠書房、2024年
画像:Wikipedia,photoAC

 

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