なぜ「和食」は油が少なく「中華」は油が多い?日本と中国、料理を分けた“油と水”の歴史:2ページ目
江戸時代に広まった 「天ぷら」の誕生
そんな日本で油料理が広まるきっかけとなったのが、江戸時代に広まった 天ぷら です。
江戸では長屋が密集し火事が多かったため、揚げ物の屋内営業が禁止されていました。そこで屋台で提供されるようになり、天ぷらは江戸の名物として定着したのです。
すし・鰻・天ぷらは江戸庶民のファストフード 〜江戸時代グルメの誕生秘話と高級化の歴史
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当時の天ぷらに使われた油は菜種油が中心でしたが、油はまだ高価でした。
江戸後期に菜種油の増産が進み、庶民にも油が届きやすくなったことで、揚げ物文化の基盤が整ったのです。
しかし、それでも油はぜいたく品であり、油を大量に使う料理が一般化するにはまだ時間が必要でした。
こうした油文化が大きく変わるのは近代に入ってからです。
大正十三年、日清製油が高精製の食用油を開発し、サラダ油 と名づけました。
冷えても固まらず、生食にも使える油の登場は、家庭での油利用を一気に広げました。
とはいえ、日本の油文化は欧米や中国に比べて発展が遅く、大量に油を使う料理が一般化するのは戦後以降となります。

