【豊臣兄弟!】これは惚れる!織田信長の息子、信雄・信孝兄弟が実際に使っていたキャッチフレーズがカッコ良すぎ:2ページ目
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ちなみに長男・織田信忠は?
信長に家督を譲られながら、本能寺の変で横死してしまった長男の織田信忠(のぶただ)は、こうしたキャッチフレーズを使っていません。
恐らく信長が生きていた間は、息子たちもあまりいきがった言動ができなかったのでしょう。
信長が死んで、その後継者候補と目された信雄と信孝が「我こそ信長の覇業を受け継ぐ者なり」とばかりアピール合戦を始めたものと考えられます。
秀吉と家康に翻弄された二人
信長の死後、織田家の後継者選びをめぐって羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対立。信雄は秀吉、信孝は勝家に与した結果、信孝は勝家ともども敗死してしまいました(賤ヶ岳の合戦)。
秀吉に担がれて生き残った信雄も甥の三法師(信忠嫡男・織田秀信)に家督を奪われ、今度は徳川家康に泣きついて秀吉に対抗します。
かくして秀吉と家康が激突したものの、信雄が勝手に秀吉と和睦したことで家康は戦う理由を失ってしまいました(小牧・長久手の合戦)。
そんなことをしている内に織田家の勢力は秀吉に乗っ取られ、ついに織田家は天下人から豊臣政権下の一大名に転落してしまったのです。
「威加海内」の心意気はどこへやら……それでも信雄は寛永7年(1630年)まで生き永らえ、天寿をまっとうしたのでした。
終わりに
今回は信長亡き後を継ごうとした織田信雄・織田信孝のキャッチフレーズについて紹介してきました。威加海内と弌剣平天下、皆さんはどっちがお好みですか?
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、織田信雄・織田信孝を誰が演じて、どのような活躍を魅せてくれるのでしょうか。今から楽しみにしています!
※参考文献:
- 川口素生『戦国時代なるほど事典』PHP研究所、2011年8月
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