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実は「独眼竜」ではなかった伊達政宗!なぜ隻眼のヒーローとして知られるようになったのか?

実は「独眼竜」ではなかった伊達政宗!なぜ隻眼のヒーローとして知られるようになったのか?:2ページ目

ドラマのヒットでイメージが定着

彼のトレードマークでもある眼帯のイメージは、昭和の時代劇の影響で広まったものです。かなり最近なのです。

政宗が刀の鍔の眼帯をつけていたという情報は、戦国時代どころか、江戸時代の史料にも記されていません。明治時代以降、政宗を題材にした娯楽作品が数多く作られるようになりましたが、その流れで昭和になってから創作されたイメージに過ぎないのです。

まずその先駆となったのは、昭和17年(1942)に制作された時代劇映画『獨眼龍政宗』でした。ここで初めて眼帯姿の伊達政宗が登場したのです。

しかしこのときは眼帯のイメージは定着せず、80年代初期までは、政宗は片目の目蓋を閉じた姿で描かれることがほとんどでした。

こうした状況が大きく変化したのが、昭和60年(1987)のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』放映後です。当初は役者の目蓋を糊で閉じる予定だったのですが、身体的な負担が大きすぎるとして眼帯を採用することになったのです。

その後、ドラマが記録的にヒットしたことで「政宗=眼帯をつけた独眼竜」というイメージが定着していったと考えられています。

3ページ目 真偽の決定打となった発掘調査の結果

 

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