もうおしまいだ…没落士族の悲哀を描いた明治時代の歌舞伎「水天宮利生深川」を紹介:2ページ目
ついに発狂した幸兵衛は……
「……もうおしまいだ……」
ささやかな喜びから一転、絶望の淵に沈む幸兵衛父子。隣の家から流れて来る楽し気な清元(きよもと。三味線浄瑠璃)の音が、より一層悲劇感を引き立てます。
「死のう……」
ついに一家心中を決意した幸兵衛でしたが、懐に抱いた我が子のまぁ可愛いこと。その笑顔を見たら、とても死ぬなんて出来ません。
死にたいけれど死ねず、生きたいけれど生きられず……もうどうすればよいかわからなくなってしまった幸兵衛は、ついに発狂して踊り出し、裏長屋を跳び出します。
「♪あひゃひゃひゃひゃ……♪」
「「「何だどうした、何事だ……!」」」
騒ぎを聞いて駆けつけたご近所さんたちは踊り狂う幸兵衛を必死に説得するも耳に届かず、とうとう赤ん坊を抱えたまま川に飛び込んでしまいました。
水天宮様のご加護で大団円
「おい、早く助けるんだ……!」
さて、ご近所さんたちに助け出された幸兵衛は水の冷たさで目を覚ましたのか、正気に戻っており、懐の赤ん坊を見ると、幸兵衛が持っていた水天宮(すいてんぐう)のお守りのお陰で水を飲まず、無事のようです。
水天宮とはかつて壇ノ浦の合戦(寿永4・1185年3月24日)で入水自殺した第81代・安徳天皇(あんとくてんのう)をお祀りしており、子供を守る神様(ほか子宝や安産など)として崇敬を集めていました。
「……方々、ご迷惑をかけて相済みませぬ」
「いいって事よ。困った時はお互い様じゃねぇか」
「せっかく命が助かったんだ。水天宮様に感謝するんだな」
その後、お雪の親孝行エピソード(母の死を悲しんで盲目となり、父を助けるために物乞いに出ていること)が新聞記事となって、各地の篤志家から多額の義援金が集まります。
「あぁ、これも水天宮様の深きお恵み……」
そのおカネでお雪の目を治す妙薬を買い、父娘仲良く力を合わせて生活を建て直したのでした。
めでたし、めでたし。