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日本史上で有名な男色・衆道の例をご紹介!有名人から意外な人物まで

日本史上で有名な男色・衆道の例をご紹介!有名人から意外な人物まで

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2021/06/24

アツイ男・伊達政宗

「独眼竜」の名で有名な伊達政宗。戦国末期に活躍した、評価の高い戦国武将ですが、そんな彼にも男色の相手がいたといいます。お相手は、片倉重長。この二人には、大坂の陣出陣前の逸話が残っています。重長にとって初陣となる大坂の陣でしたが、彼は片倉の名を汚さないように先陣をきらせてほしいと政宗に頼み込んだのだそうです。そして、それに対して政宗は、「お前以外の誰にも先陣をやらせない」と涙を流しながら承諾したそうです。

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いかがでしたか?

今回は、日本の歴史上の人物で、男色関係があったと言われている例をご紹介しました。

ただし、武士の場合、主君と家臣という忠義のかたちとしての男色もあり、そこには、後世になって「寝所に一緒にいたのだからそういう関係なのだ」と拡大解釈されたと思われる場合もあるため、一概に「男色があった」と言い切れない部分もあります。

ご興味を持った方は、ぜひ、ご自身でも調べてみてくださいね。

 

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