会いたくて…主を慕い都から海をひとっ飛び。樹齢千年「飛び梅伝説」の梅が咲く春が来た 【後編】
類稀なる才能を持ち異例の出世を遂げたことから、快く思わぬ貴族達の奸計に嵌められ京の都を追い出され、九州の太宰府へと左遷されてしまった菅原道真公。
幼少時から道真公を見守り、愛されてきた庭の梅は、道真公のお側に行きたい一心で、京から海を越え太宰府まで飛んで行きました。
そんな「飛び梅伝説」と、現在では福岡の太宰府天満宮の神木となっている紅梅の木をご紹介しましょう。
前編の記事はこちら
会いたくて…主を慕い都から海をひとっ飛び。樹齢千年「飛び梅伝説」の梅が咲く春が来た 【前編】
「飛び梅伝説」という話をご存じでしょうか。春が訪れると、可憐な花を咲かせ上品な甘い香りを漂わせる梅。梅は、弥生時代に中国から渡来したという説、または遣唐使が持ち込んだという説がある、昔から馴染…
愛する梅の木に別れを告げる
異例の出世を遂げる菅原道真を妬み、偽りの報告を時の天皇に告げた藤原時平。そのせいで、道真は九州の太宰府に左遷されることとなりました。
住み慣れた京の都の屋敷を去らねばならなくなった道真公は、幼少期から大事にしていた紅梅の木に別れを告げます。
5歳のときに「美しや 紅の色なる梅の花…」と詠んだあの梅の木です。(【前編】をごらんください)
「東風ふかば 匂ひをこせよ 梅の花あるじなしとて 春な忘れそ」
(東風が吹いたら 匂いを私の元によこしておくれ 梅の花よ。主人である私がいなくなっても春を忘れてはいけないよ)
道真公が57歳のときのこと。生まれてから60年近くもずっと一緒に育ち、慈しんできた梅の木に別れを告げるのは冤罪の無念も含め、断腸の思いだったに違いありません。
主を追いかけて海を飛んだ梅の木
道真公が京の都を去った後、梅は主に会いたい一心で空を飛び、九州の太宰府まで飛びその土地に降り立って根を生やした……といわれているのが「飛び梅伝説」です。
その梅は、元来道真公の配所跡に建立された榎社(道真公が逝去するまで過ごした跡)の境内にあったものが、太宰府天満宮の造営とともに本殿前に移植されました。
道真公に愛された梅は、現在は太宰府天満宮の本殿右側のご神木「飛梅」として参拝に訪れる人々に大切にされています。
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