痛々しいけど愛おしい♡室町時代の中二病文学「閑吟集」より特選14首を紹介【中】:3ページ目
9、身は近江舟かや 死なで焦がるる
【意訳】私は近江舟(おうみぶね)のように琵琶湖の波間を翻弄されながら、死ぬこともできず心を焦がすばかり……。
近江は「逢(お)う身」、「死なで」は「志那(しな。琵琶湖畔の地名)で」、「焦がるる」は「漕がるる」にそれぞれかけた言葉です。
想い人につれなくされたのか、その心は琵琶湖の波間に翻弄されながら、一縷の未練ゆえに死ぬこともできず、舟のごとく漕がれ続けるばかり……そんな辛い思いを詠んだ、舟にまつわるもう一首。
人買ひ舟は沖を漕ぐ とても売らるる身を ただ静かに漕げよ 船頭殿
【意訳】……どうせ売られる身なのだから、せめて静かに漕いで下さいな……。
内陸と言っても広大な琵琶湖は、沖に出れば波も高く荒いもの。身売りせざるを得なかった女性が、未来を悲観する心情を詠んでいます。
人身売買が当たり前のように行われていた、暗い時代の一幕です。
10、小夜小夜 小夜更け方の夜 鹿の一声
【意訳】夜、夜、夜も更けて来たころ、鹿の啼く声が聞こえた。
小夜(さよ)とは夜のこと(小は修飾語)。何度も繰り返すことで孤独な夜の寂しさ、澄んだ空気に響き渡る鹿の啼き声を強調しています。
さて、その声はいったい何を意味しているのでしょうか?
めぐる外山(とやま)に鳴く鹿は 逢うた別れか 逢はぬ怨みか
【意訳】近くの山で鹿が啼いているが、愛しい人とこれから別れるのか、あるいはその愛しい人が来なくて怨んでいるのか……。
外山とは山の外側、すなわち人間世界に近い里山を意味します。鹿も別れが辛いのか、あるいは捨てられたことを恨むのか。孤独な者同士、親近感を覚えているようです。
ここでちょうどキリよく10首ですが、残る4首もぜひぜひ紹介したいので、どうかもうちょっとだけおつき合い頂けましたら幸いです。
※参考文献:
浅野建二 校注『新訂 閑吟集』岩波文庫、1989年10月16日