どんな美女にもまさる姫君!「源氏物語」ヒロインで極度のコミュ障・末摘花の恋愛エピソード【完】:2ページ目
ただ一つの、輝かしい思い出
……思えば、悲しいことばかりの人生だった。
顔が醜い。才知に乏しい。コミュ障だから人づきあいも苦手……父・常陸宮はそれでも愛してくれたけど、父の亡き後はみんな離れて行ってしまった。
懸命に努力したつもりではいるけれど、生まれ持った素質というものは如何ともしようがなく、ずっとずっと、諦めながら生きてきた。
そんな中でたった一度だけ、今を時めく貴公子・光源氏が自分に気をかけてくれた。嬉しいけれど恥ずかしいあまり、半年も手間取ってしまったけれど、それでも決して諦めず、我が背の君となってくれた。
……あれが「何かの間違い」だった事は、誰より自分がよく解っている。こんな醜くて頭が悪く、愛嬌すらない女に入れあげる物好きなど、天下広しと言えどいる筈がない。
それでもあの一夜の、ぎこちない交わりこそが、わたくしにとってはただ一つの輝かしい思い出。
あの透き通った声が、まだ耳に残っている。あの光り輝く顔(かんばせ)が、まだ眼底に焼きついている。しっとりとすべやかな指先でわたくしの(唯一の自慢である)髪をなぞり、広く温かな胸に、わたくしを招き入れて下さった……何もかもが、わたくしには分不相応に素敵だった。
もし叶わぬまでも、こんな望みが許されるなら、あの声で囁いて欲しい……「末摘花の君」と。あの方がわたくしに贈って下さった、とても美しい名前。もう一度聞けるなら、今ここで死んでもいい。
「……末摘花の姫君よ」
すると御簾の向こうから、聞こえる筈のない声がしました。