アニメ化決定!話題作「アンゴルモア」に登場する北条時宗ってどんな人?地の巻
前回の「北条時宗ってどんな人?天の巻」では、『アンゴルモア 元寇合戦記』の主要登場人物である北条時宗の生い立ちと元(モンゴル)による脅威が迫ったことについて紹介しました。本項では、2度に渡る元寇(蒙古襲来)を時宗がどのようにして乗り切ったかを紹介します。
時宗、身内殺しの汚名を背負いつつも元との戦いに臨む
元から届いた高圧的な国書と前後して、様々な事件が起こりました。文永9年(1272年)に腹違いの兄である時輔(ときすけ)、また時宗が属する得宗家に反抗的な武将らを幕府は滅ぼします。これが二月騒動で、『アンゴルモア』の朽井迅三郎はこの事件で対馬に流刑されたと言う設定です。2年後には、かねてから政治批判や多宗派との争いで政情不安の原因となっていた僧・日蓮を流罪にしました。
また、元に降伏した高麗とそれに反対する勢力のそれぞれから親書が届いたために混乱が生じたり、朝廷が作成した返書を採用に反対するなど、対外政策でも元への警戒心を緩めること無く、緊張が走った時期でもありました。
こうした強硬で即急な対応は、若く経験不足な時宗では無く、元の脅威に対抗すべく幕府首脳部による権力統一が図られたために起きたと言う説がありますが、大帝国の存在は近隣諸国にも影響を及ぼしていたのです。
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