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【べらぼう】恋川春町の破滅のきっかけ『鸚鵡返文武二道』は実際どんな物語なのか?蔦重の運命も暗転

【べらぼう】恋川春町の破滅のきっかけ『鸚鵡返文武二道』は実際どんな物語なのか?蔦重の運命も暗転

天明9年(1789年。寛政元年)1月、蔦屋耕書堂より恋川春町『鸚鵡返文武二道(おうむがえし ぶんぶのふたみち。画:北尾政美)』が出版されました。

前年に出版された『悦贔屓蝦夷押領(よろこんぶ ひいきのえぞおし)』の売れ行きがよくなかったリベンジとして、満を持して書き上げた本作は、狙い通りに空前絶後の大ヒットを飛ばします。

しかしあまりの評判ゆえに当局の知るところとなり、発禁処分を下されてしまいました。

参考:

大河『べらぼう』殻をぶち破った恋川春町、史実では幕府をも皮肉りついに出頭命令…そして悲しき最期【後編】

【前編】では、すっかり自信を失い孤独感を深め、筆を折った恋川春町(岡山天音)が、歌麿(染谷将太)と、朋誠堂喜三二(尾美としのり)の言葉で励まされて元気を取り戻すところまでをご紹介しました。[i…

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、9月21日(日)放送予定の第36回「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨(かも)」のストーリーにも大きく絡んでくる作品であることは、間違いありません。春町がどのような最期を遂げることになるのか、心して見届けましょう!

今回は、『鸚鵡返文武二道』がはたしてどんな内容だったのか、そのストーリーをたどってみましょう。

『鸚鵡返文武二道』プロローグ


曲禮(きょくらい)に曰(いは)く鸚鵡よく言(ものいへ)ども飛鳥(ひちょう)とはなれず傾城(けいせい)よく言(ものいへ)ども訛言(かたこと)をはなれじ 予(よ)絵双紙(えぞうし)を津くるといへどもさらに人真似をはなれず鸚鵡に似たる■吉丁(きうくわんてう)の類なりと■云(しかいふ)
寿亭主人 春町

【意訳】曲礼(『礼記』の一篇)では、こう言っている。「オウムはよく言葉を話すが、大空を飛ぶことはできない。遊女も言葉巧みにお客を魅了するが、しょせんはありんす言葉で飾った田舎娘である。私は絵双紙(黄表紙)を作るが、所詮は人真似であり、オウムですらない九官鳥の類に過ぎない」と。

……曲礼にそんなこと書いてありましたっけ?これが春町先生ならではのアレンジであることは言うまでもありません。

自身をオウムですらない九官鳥と卑下しつつ、松平定信の記した『鸚鵡言(おうむのことば)』を諷刺しています。

それではさっそく、本編に入りましょう。

菅秀才の起用

時は醍醐天皇(だいごてんのう。延喜帝)の御代、天下泰平が続いたことから、人々は贅沢三昧で国を傾けつつありました。

帝は世の堕落を嘆き、自ら質素倹約の手本を示し、菅原道真の遺児・菅秀才(かん しゅうさい。創作人物)を起用します。

人々の性根を叩き直すために、菅秀才は名高い武人たちを招いて武芸を習わせるよう提言しました。

さっそく剣術指導には九郎判官こと源義経、弓術指南には鎮西八郎こと源為朝(ためとも)、そして馬術指導として小栗判官こと小栗兼氏(かねうじ)が召し出されます。

いずれも醍醐天皇とは時代の違う人物ですが、黄表紙の設定なんてそんなもの。気にしてはいけません。

2ページ目 トンチキな武芸の稽古&トンチキ武芸者 大暴れ!

 

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