落ちてきた女中、赤ん坊の遺棄…江戸時代、大奥で起こった怪事件の数々
江戸時代、将軍に仕えるために作られた大奥は、多いときで3000人ほどの女性がいたと言われています。それほどの人が集まる場所には、さまざまな出来事があったでしょうね。今回は、大奥で起こった謎が多い怪事件をいくつかご紹介いたします。
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あらしという御末の事件
文政の頃、名前を「あらし」という御末がいました。(※御末とは、大奥でも下級の女中のこと)5月15日の朝、あらしの姿が見えませんでしたが、周りは「どこかで長話でもしているのだろう」と気にもとめません。
しかし時間が経っても姿を現さないことから、さすがにおかしいと思い相部屋の女中が探し始めます。さらに時間が経過して、夜半になってもあらしは出てきません。その頃には皆であらしの行方を捜すほどの騒動になっています。
大奥中が大騒ぎになり、5月18日の夜を迎えます。午前2時頃、御天守台の下にいた人の耳に、「あらしはここに」というしわがれた声が響きます。そしていきなり落ちてきたのがあらしの無残な遺体でした。
全身をかきむしられた血だらけのあらし。10人ほどの番人が目撃しましたが、皆ぞっとしたそうです。
あらしは前から「御天守台に上ってみたい」と言っていたことから、魔物に魅入られたのではないか、女中の身で上ったため罰が当たったのでないかと噂されるようになります。(※御天守台は女中の立ち入り禁止)