愛しい人々との別離…防人たちの思いが詠まれた「万葉集」防人歌を紹介:4ページ目
昔と変わらぬ、父母の愛情
父母(ちちはは)が 頭(かしら)掻き撫で 「幸(さ)くあれ」て
言いし言葉(けとば)ぜ 忘れかねつる
【原文】
知々波々我 可之良加伎奈弖 佐久安例弖
伊比之気等婆是 和須礼加祢豆流
【意訳】
お父さん、お母さんが、子供の頃みたいに頭をわしゃわしゃしながら「元気でな。きっと無事で帰って来いよ」と言ってくれたことが、忘れられないのです。
これは丈部稲麻呂(はせつかべのいなまろ)の詠んだ歌ですが、不覚にも泣きそうになってしまいます。
きっと、お父さんもお母さんも、泣きながら笑っていたのでしょう。
どんなに大きくなったって、どこまで遠くへ行ったって、どこで何をしていたって、お前はうちの子だよ。お父さんもお母さんも、ずっとずっと、お前の幸せを願っているよ。
手柄なんか立てなくていい。無一文だって構やしない。だから……どうか、どうか無事に帰って来ておくれ。
それだけが、私たちの望みだから。
終わりに
かくして出征して行った多麻呂、身麻呂、稲麻呂が、その後どうなったのかは判りません。
かつて国を守るために多くの防人が故郷を遠く離れて厳しい任務に当たり、残された者は彼らの無事を願い、その帰りを待ちわびたことでしょう。
『万葉集』には他の防人歌もたくさん収録されていますので、どうか彼らの思いに触れて頂けましたら幸いです。
※参考文献:佐竹昭広ら校注『万葉集 四』岩波書店、2003年10月30日 第一刷