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極限で問われる武士の真価!テロに屈せず人質も見殺しにしない源頼信が示した「兵ノ威」とは(下)

極限で問われる武士の真価!テロに屈せず人質も見殺しにしない源頼信が示した「兵ノ威」とは(下)

非情と慈悲の両極端・武士の「中庸」とは

こうして頼信は人質の命も盗人の命も救ったのですが、これが成功したのは、頼信が示した「兵(つはもの)の威」あってのことでした。

盗人が、その名を聞いただけで戦意を喪失し、観念してしまうほど武勇にすぐれていたことに加えて、頼信が「命を助けてやる」と言えば、親孝のように殺意を持った者がいても制することのできる威厳、そして「そもそも盗みをするのは貧しいからだ」と罪を赦せる慈悲。

これらを総括して、当時は「兵(つはもの)の威」と称し、それを感じたからこそ、盗人は頼信を信じて刀を投げ捨て、人質を解放したのでしょう。

一方では「子供など、足手まといなら殺させてしまえ」と言い放つ非情さと、盗みをはたらくまでに追い詰められた人民に対する慈悲深さ。

これらは決して相反するものではなく、武士にとっての「中庸」とは、最初から両極端を足して二で割った「平均値」ではなく、両極端のいずれにも対処できる柔軟さを意味します。

「If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.」
(タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない)
※レイモンド・チャンドラー『プレイバック』より。

かつて武士たちが理想とした「兵の威」は、戦乱のない現代にあっても、平和や大切な者を守るため、大切なことを私たちに教えてくれます。

※参考文献:小峰和明 校注『今昔物語集 四』岩波書店、1994年11月21日、第1刷

 

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