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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第31話:5ページ目
■文政九年 新春
果たしてそうであった。
「あーたは売れるよ」、という英泉の言葉は、本人の予期するよりも早く現実のものとなった。
年明けに、国芳の百八十度運命が翻る日が突然にやって来たのである。
「芳さん!芳さん!起きろ!」
佐吉の長屋の奥で蓑虫(みのむし)のように寝ていた国芳のもとに、佐吉が転ぶようにして飛び込んできた。
「なんとかッてえ版元が、会いに来てるよ!」
「んあ?」
・・・・・・
文政九年、早春。
涎を食って寝ていた国芳のもとに、米沢町の版元、加賀屋吉兵衛が訪れた。
加賀屋は去年一度国芳が自ら画稿を持ち込み、突き返された苦い思い出がある。
「こりゃアこりゃア、遠いところからわざわざ、どちらさんでしたっけ」
国芳はそっけなくあいさつした。一度すげなくされた問屋に、こびへつらう愛想は持ち合わせていない。吉兵衛は去年と変わらず手をすりながら、
「吉原での水滸伝の件、お噂は聞き及んでおりますよ。さすがは、豊国先生の門下の国芳さんですな」
あれだけ冷たく突っぱねておきながら、何がさすがだ。国芳は棄き捨てたい気持ちになった。
「何の用でエ」
「そう目くじら立てずに、ね。実は、あなたに頼みたい仕事ができまして・・・・・・」
「なんでエ今更」
「まあまあ、そうおっしゃらず聞いてくだせえやし。あの時には理由があったのです。あたしらは確かにあなたの師匠にあなたの事を頼まれました。でも、何でもかんでも仕事をやれとは言われていません。あなたの師匠は、あたしらにこう言ったのです。『普通に転がってるようなしょっぺえ仕事ではなく、これはという大きな企画が持ち上がったら、あいつに任せてくだせえ』と」。
「ハア」
随分調子のいい事を言う版元だ。
「去年あなたがうちを訪ねてくださった時には、お恥ずかしながら、それに見合うような規模の企画がありませんでした。しかし今回、とうとうそれに値する大きな企画が持ち上がったのです」
どうか、お話だけでも聞いてください。
拝むようにされて、仕方なく国芳は頷いた。
気に食わない内容なら追い返してやればいいだけだ。
「で、話は何です」
「実はですね」、・・・・・・
・・・・・・
吉兵衛が話し始めて、半刻ほど経った。
話し終えた後、
「・・・・・・どうです」
吉兵衛は自信に満ちた顔をした。
国芳はじっと黙って腕組みをしていたが、最後に返事をした。
・・・・・・
「わっちのすべてを懸けて、この仕事、引き受けやしょう」。
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