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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第31話

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第31話

 

■文政九年 新春

 

 

果たしてそうであった。

 

「あーたは売れるよ」、という英泉の言葉は、本人の予期するよりも早く現実のものとなった。

 

年明けに、国芳の百八十度運命が翻る日が突然にやって来たのである。

 

 

「芳さん!芳さん!起きろ!」

 

 

佐吉の長屋の奥で蓑虫(みのむし)のように寝ていた国芳のもとに、佐吉が転ぶようにして飛び込んできた。

 

 

「なんとかッてえ版元が、会いに来てるよ!」

 

 

「んあ?」

 

・・・・・・

 

 

 

文政九年、早春。

 

 

涎を食って寝ていた国芳のもとに、米沢町の版元、加賀屋吉兵衛が訪れた。

加賀屋は去年一度国芳が自ら画稿を持ち込み、突き返された苦い思い出がある。

 

 

「こりゃアこりゃア、遠いところからわざわざ、どちらさんでしたっけ」

 

 

国芳はそっけなくあいさつした。一度すげなくされた問屋に、こびへつらう愛想は持ち合わせていない。吉兵衛は去年と変わらず手をすりながら、

 

 

「吉原での水滸伝の件、お噂は聞き及んでおりますよ。さすがは、豊国先生の門下の国芳さんですな」

 

あれだけ冷たく突っぱねておきながら、何がさすがだ。国芳は棄き捨てたい気持ちになった。

 

 

「何の用でエ」

 

 

「そう目くじら立てずに、ね。実は、あなたに頼みたい仕事ができまして・・・・・・」

 

 

「なんでエ今更」

 

 

「まあまあ、そうおっしゃらず聞いてくだせえやし。あの時には理由があったのです。あたしらは確かにあなたの師匠にあなたの事を頼まれました。でも、何でもかんでも仕事をやれとは言われていません。あなたの師匠は、あたしらにこう言ったのです。『普通に転がってるようなしょっぺえ仕事ではなく、これはという大きな企画が持ち上がったら、あいつに任せてくだせえ』と」。

 

 

「ハア」

 

随分調子のいい事を言う版元だ。

 

 

「去年あなたがうちを訪ねてくださった時には、お恥ずかしながら、それに見合うような規模の企画がありませんでした。しかし今回、とうとうそれに値する大きな企画が持ち上がったのです」

 

 

どうか、お話だけでも聞いてください。

 

拝むようにされて、仕方なく国芳は頷いた。

気に食わない内容なら追い返してやればいいだけだ。

 

「で、話は何です」

 

「実はですね」、・・・・・・

 

・・・・・・

 

 

吉兵衛が話し始めて、半刻ほど経った。

 

 

話し終えた後、

 

 

 

「・・・・・・どうです」

 

 

吉兵衛は自信に満ちた顔をした。

 

 

国芳はじっと黙って腕組みをしていたが、最後に返事をした。

 

 

・・・・・・

 

 

「わっちのすべてを懸けて、この仕事、引き受けやしょう」。

 

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