とある武士が自分の腹を切り命懸けで守り抜いた血みどろの家系図「チケンマロカシ」とは?:2ページ目
焼け落ちる館と、殿様の心残り
昔むかし、岩城国宇多郡中村(現:福島県相馬市)には、鎌倉時代から相馬(そうま)氏という大名がいました。
いつの事か定かではありませんが、ある時、この相馬氏の館が大火事で焼けてしまいました。
不幸中の幸い、死傷者は出なかったそうですが、相馬の殿様は言います。
「家や財産はまた用意すればいいから、焼けてしまっても気にしない。ただ、我が家の大切な宝であった先祖代々の家系図だけは心残りだなぁ……」
【原文】「家居も器材も追附(おっつけ)作りて出来るものなれば、残らず焼いて苦しからず候。然れども當家(とうけ)第一の重寶の系圖を取り出さゞる事残念なり」
この時代、コピーなんて当然ありませんから、手間暇かけて書写していなければ、それが焼けたらそれっきり。
相馬家の祖先・師常(もろつね。鎌倉幕府の御家人・千葉常胤の次男)から代々受け継がれて来た正統な家系が失われてしまいます。
もちろん事実は残っても、記録の有無はその信憑性に大きく影響しますから、殿様の嘆きようは至極もっともな事。
そんな殿様に、ある男が声をかけました。
今こそ、お役に立つとき!
「(殿の大切な家系図、)拙者が取って参ります」
【原文】「拙者取り出し申すべき」
果たしてその男は殿様の供回り、申し出こそは勇ましいが、この男、なにぶん不辨(ふべん。不調法)者で、平素からあまり役に立たないことで評判が悪い。
それでも何か見どころがある(首尾これある人)かも知れないから、と殿様の傍で奉公していたのですが、
「もう館はすっかり炎上しているのに、どうやって取り出そうってんだい」
【原文】「最早家々残らず火かゝり候へば、何として取り出すべきや」
と、みんな揃って苦笑い。
しかし、男は大真面目に答えます。
「いつも不器用で役立たずな拙者ですが、いつかこの命に代えてもお役に立ちたいと覚悟しておりました。今こそその時です」
【原文】「日頃は不調法者にて御用にも相立たず候へども、いつぞ一命を御用に立つべしと覚悟致し罷り在り候。この節にてこれあるべし」
そう言うなり燃え盛る館の中へ飛び込んで行った男は、二度と戻って来ませんでした。