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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第21話:3ページ目
「よくできた兄さんだったよ。世間様から豊国を超えると言われても、驕らず常に謙虚に誰よりも遅くまで残って描いて、絵師のあるべき姿てえのを示してくれた。まだガキだった俺にもいつも目尻を下げてにこにこしててな。教えるのも上手かった。俺だけでなく、工房の仲間ア全員国政兄さんの事が大好きだった」
「へえ」
「あの国貞兄さんですら子ども扱いされてな。でも国貞兄さんは、嫌がるどころかよく懐いていた。憧れていたんじゃねえかな」
「そうなのか」
「それがいつ頃だったか、国政兄さんは急に絵を描かなくなった。あの中庭の見える部屋にこもって、張り子の面を日がな一日作るようになった」
「へえ、どうしちまったんだろう」
「分からねえ。俺が聞いたらにこにこして心変わりだと言っていたがな。面がいっぱいになると、それを担いで子ども相手に売り歩いていた。優しい兄さんだから、近所の子どもにも好かれていたよ。だが、知らぬ間に患っていたらしい。ここ一、二年の間にだんだん寝付くようになって、去年の暮れに病で死んじまった」
「それア」、
芳三郎は思わず涙を浮かべた。
「寂しいな」。
「ああ」
それからは毎日が通夜のようだった、と国直はぽつりと言った。
「でも」、
国直は明るい声で打ち消した。
「代わりにおめえみてえな威勢の良い元気なのが来てくれた。国貞兄さんも、本当は救われたような気持のはずだ。他の皆も、勿論俺だって嬉しいさ」
「本当(ほん)に?鯛兄イ、おいら、あの工房に居てもいいのか」
「それアてめえ、もちろんだ。もちろんだともよ・・・・・・」
国直は手を伸ばし、芳三郎の頭を優しく掻き撫ぜた。
歌川国直二十一歳、芳三郎十六歳。
歌川豊国の門下に入ってようやくひと月経ったこの日、芳三郎はのちに歌川国芳となる第一歩を踏み出した。
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