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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第12話

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画像 広重「吉原仲之町夜桜 」ボストン美術館蔵

思っていたものと違う返答に、思わずみつの肩の力が抜けた。そしてそう答えた佐吉の目が余りにもまっすぐで、みつは断る事ができなくなった。

「そうまでおっせえすなら引き受けんしょう。いつ描かさんすか」

「なんだ梅屋さん。何も言ってねえのかい」

隣に座る近江屋が屈託なく笑った。梅屋とは佐吉の狂歌師としての名である。

「もちろん中秋の名月の今日描くしかありやせんよ、花魁」

近江屋はそんな事を平然と言う。

「そねえな事を言いんしても、一体どこで・・・・・・」

その時、国芳がようやく口を開いた。

「部屋に連子窓のある、京町二丁目裏通りの桐屋。・・・・・・」

みつははっとして国芳の方を向いた。

みつと国芳が逢瀬に使っていた裏茶屋ではないか。

「ああ、京町二丁目の。なかなか風流な裏茶屋じゃねえかい」

佐吉がすかさず口を挟んだ。

さすがの色男、伊達に遊んでいない様子である。

画像 吉原遊廓の裏茶屋 出典元・「郭の花笠」国立国会図書館蔵

「そんなとこオよく知ってたな、芳さん。いつ、そんな所に行ったんでい」

「二度ほど。・・・・・・惚れた女と」

国芳は濁さずに口にした。

みつは国芳がどんな顔をしてその言葉を言ったのか、その表情(かお)を見る事が出来なかった。

はにかんで頬を染めているのか、まっすぐ前を向いて強い目をしているのか。

想像もつかないまま、ひたすらにうつむいている。

ただ国芳が同じ部屋に居るというそれだけで、みつの胸奥の鼓動は擦り半鐘のように激しく鳴り渡っていた。

作中イラスト:筆者

 

 

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