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今がちょうど見頃です!名所 堀切菖蒲園、歌川広重も描いた江戸の風流を味わえる江戸百景

今がちょうど見頃です!名所 堀切菖蒲園、歌川広重も描いた江戸の風流を味わえる江戸百景

 

菖蒲に生涯をかけた侍と農民

菖蒲の発展に貢献したのは江戸時代後期の旗本・松平左金吾(1773-1856)。伊予松山藩・松平家の一族に生まれ、大坂町奉行、大目付などを務めました。父の影響で子どもの頃から草花に親しみ、菖蒲に関しては60年に及ぶ品種改良で300を超える種を生み出しました。

なかでも自身が絶賛してやまないのは「宇宙(〈おおぞら、うちゅう〉とも)」。手がけた菖蒲は露天で販売するなどせず、噂を聞いて訪れる者には自宅に招き入れ観賞させたそうです。乞われれば株分けをしてくれたそうですが、作出した品種改良方法は長らく門外不出としており、晩年「花菖蒲培養録」に著しました。

その左金吾から品種を譲り受けて培養したのが、同時代に堀切にて菖蒲の栽培にいそしんでいた農家の小高伊左衛門。こちらは日々の稼ぎとして江戸で販売していたそうです。侍と農民、二人を結びつけた詳細はわかりませんが、区の案内板では伊左衛門が左金吾に願い譲り受けたと書いてあります。

堀切で最初の菖蒲園は江戸末期開園の小高園で、明治には武蔵園・吉野園・堀切園・観花園などが開園しましたが、戦中戦後の混乱で荒れ果て、堀切園のみが現在の堀切菖蒲園として残ったとのことです。堀切の花菖蒲は「江戸百景」に数えられ、鈴木春信・安藤広重などの浮世絵にも描かれています。現在すべての園が存続していたら、どんな風景が広がっていたでしょうか。とても美しかったでしょうね。

自らを菖翁と称した左金吾。その菖翁に作出されたものを「菖翁花」と呼び、堀切菖蒲園で観賞できるのは6種類。「蛇籠の波(じゃかごのなみ)」「霓裳羽衣(げいしょううい)」「王昭君(おうしょうくん)」「五湖の遊(ごこのあそび)」「立田川(たつたがわ)」「連城の璧(れんじょうのたま)」です。

江戸の町と浮世絵師も虜にした美しい花を、是非その目でごらんになってください。園の外の遊歩道には紫陽花も群生しており、丁度同じ時期に楽しむことができます。

葛飾菖蒲まつり期間中は同じく菖蒲の名所「水元公園」をつなぐバスが出ておりますので、利用すると便利です。
会期は6月20日まで、拝観無料。

 
 

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