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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第7話

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想いを果たした後、二人は掻巻にくるまり国芳が持参したものを眺めた。

浮世絵であった。

首に提げていた荷の中に、自分が過去に手掛けた浮世絵をいくつか丸めて入れてきたのである。

「めえにつまらねえと言われてから、どんな絵が面白えのか毎日ずっと考えてるよ」

国芳は何枚かめくって、往時の数少ない当たり作を取り出した。

「これなんかけっこう売れたんだぜ。わっちが二十三の時に描いた分」

 

画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶」Wikipediaより

「おみつ、猿楽の船弁慶は見た事あるか」

「廓内(なか)から出られないんだもの、見れるわけないよ」

「そうだよな。安心しろ、この絵を見りゃ一発だ。見てみろ、これア平知盛(たいらのとももり)の亡霊と弁慶たちが対峙してる絵だ」

「はあ」

「義経は知ってるだろ」

「ええ」

「義経は兄貴の源頼朝から逃げるために弁慶らを連れて舟に乗り、大物浦(だいもつのうら)からざぶんと海に漕ぎ出した。ところがどっこい簡単には進まねえ。西国に向かう途中、義経がかつて壇ノ浦で滅ぼした平知盛と一族の怨霊が義経への恨みを晴らすべくヒュードロドロと出てきちまったてえわけだ」

画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶(部分)」ボストン美術館蔵

 

「この怨霊がべらぼうに強くてよ!刀で斬っても斬れねえ、人の技が到底効かねえんだ。ホラ、亀井重清の太刀が怨霊に掴まれちまった」

画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶(部分)」ボストン美術館蔵

「それでどうなったの義経は」

みつは恐ろしそうに黒目を潤ませて訊いた。

「霊は是が非でも義経を海に沈めようとどんどん舟に近づいてくる。義経はテメエで霊をやっつけようってんで、太刀を抜こうとした。家来たちは義経に刀を抜かせめえとザッと前に躍り出る!ここぞとばかりに弁慶が数珠をザラザラ揉んで五大尊明王に祈る!するってえと、不思議な話だが弁慶の祈りが通じてやがて亡霊たちはスウーッと消えてっちまった。ほら、弁慶の右手首にゃ白い数珠が掛かってるだろ」

「本当に・・・・・・」

画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶(部分)」ボストン美術館蔵

みつはまじまじと絵を眺めた後、くすくす笑い出した。

「国芳はんの語り口があんまり熱っぽくて、なんだかこの絵の場面を本当に見てきたみたいだった」

「あ、アハハ」

国芳は照れて頭を掻いた。

「わっちゃアこの手の怪奇話ア好きでな。描いた時を思い出すなア。わっちみてえな下っ端の事ア誰も手伝っちゃくれねえから、色指定(いろざし)も全部わっちがやったんでエ」

「色指定はふつう自分でやんないの?」

「テメエでやるのが一番良いが、仕事の多い兄さんたちは画稿をこなすのが精一杯だからな。着物の細かい柄や色指定はけっこうわっちら下っ端に任せッきりだぜ。アア、でも国貞の兄さんだけは別だ。あの人アこだわりが強くて着物の細かい柄も色指定もほとんど自分で考えらア」

「国貞はんって、江戸町の松葉屋さんのご贔屓の。・・・・・・」

「そう、その国貞。」

兄弟子であり大人気絵師の歌川国貞は、江戸町一丁目の松葉屋など吉原遊廓有数の大見世の花魁の絵を描く。国貞の美人画は江戸で一番売れていると言っても過言ではない。描かれた女郎は評判が上がるので、気難しい花魁ですら国貞に描いてほしいと頼み込むほどなのである。

「あの人が、国芳はんの兄弟子なの?」

「これでも天下の歌川豊国門下だからな。工房に行きゃア他にも名の知れた絵師がわんさと居らア」

まあ、わっちみてえな例外もいるけどな、と国芳は付け加えて羞ずかしそうに笑った。

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アイキャッチ画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶(部分)」ボストン美術館蔵、題字加工:筆者
記事中イラスト:筆者

 

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