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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第5話

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「芳さんは俺んとこに三年も居候してるようなド貧乏の絵描きだよ。そんな奴が吉原花魁に近づく余地なんざ猫の毛ほどもねえよ、分かるかえ?」

そうなのだ。

国芳の本業は、浮世絵師である。歌川豊国に師事し、浮世絵界では言わば江戸一番の名門出身と言っていい。とはいえ、豊国門下の浮世絵師と呼ぶにはお粗末すぎるほどに仕事がない。だから貧乏長屋の家賃も払えずに、年下の佐吉の屋敷に居候している。正月には絵凧、夏になれば団扇絵が多少売れるがそれも雀の涙。佐吉が居なければ国芳はその日食うにも困る有様なのである。

「それとも、その花魁はまさか、芳さんの絵に惚れてるのか?それなら勝算がある」

「わっちの絵の事、つまんねえって言ってた」

「全然見込みねえじゃねえか!なんでそんな女に惚れんだよ芳さん!」

「だからいいじゃねえかよ。今までわっちの絵の事つまんねえって言ってきた奴なんていなかった。本当につまらねえと思う奴は何も言わずにただ買わねえだけだ。歌川の工房でも豊国の父っつぁんはわっちの絵なんざ見ちゃくれねえし、国貞の兄さんなんざ『奇を衒うな、とにかく人好きのする真っ当な歌川風の絵を描け』の一点張り。ところがあの花魁は、もっと面白え絵を描いてくれって、今のままじゃつまらねえって、わっちにそう言ったんだ。俄然やる気が湧いたぜ。わっちゃアいつか必ず、あの女が面白えと言う絵を描いてやりてえのさ」

「芳さんはずりいや」

「なんで」

「だって芳さんにそう言われちまっちゃあ、俺ア駄目と言えねえのが分かってんじゃねえか。あーあ、なんで俺ア芳さんの絵に惚れちまったんだろう」

「あははっ、お互い惚れたもん負けだな!」

「なんか腹立つこの人」

憎まれ口を叩きながらも佐吉はくくれたあごで笑っている。

不思議と、国芳の絵はいつか売れると信じて疑っていない。

姓は吉田という。

齢は国芳より四つ下でまだ二十四だが、既に尾張徳川家御用達の秣屋(まぐさや)の稼業を継いで、和田戸山の十四万坪の尾張藩下屋敷等に出入りしている大店の息子である。かといってそうした肩書きにこだわりはないらしく、神田にある実家を早々に出て自力で本所の二間三間を借り、仕事の時以外は狂歌に精を出している。狂歌師としての号は梅屋鶴子(うめやかくし)という。そういう酔狂な男でなければ、国芳の絵に惚れて本人を住まわせるなんて事はしないだろう。

「まあ、俺も出来る限り探してみるよ」

佐吉がほの明かりの中で、涼やかに笑った。

記事中イラスト:筆者

 

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