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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第2話

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男は役者を真似て元結を二巻にした細髷を照れくさそうに撫ぜ、「いいの?」と素直に嬉しそうに口を開けて笑った。笑うと目もとがくっと垂れて、一気に幼くなる。その無邪気さが見ていた女郎たちをたまらない気持ちにさせた。

「兄さん可愛いねえ」

「あちきも買うよ、凧!」

「あたいが先!」

禿たちそっちのけで、群がった女郎たちの懐から我先にと銭がばら撒かれる。

「困ったな、姐さん方は行儀が悪りいや」

キャアキャア騒ぐ自分の姉女郎の脇で、禿たちは思い思いの絵凧を手に、キョトンとしている。男はそんな禿たち一人一人の目線に己の視線を合わせてしゃがんだ。

 

「お嬢ちゃんたちは、この凧、好きかえ?」

「好き」

子どもたちは皆、頷いた。

「そっか」

男は陽の差すような優しい笑みを浮かべ、

「いいか。どんな事があっても、負けそうになっても、絶対に諦めちゃいけねえよ。今日は駄目でも、明日はきっと飛ぶ。めえはこの場所で、誰よりも高く高くこの凧を飛ばしてくれ。きっとだぜ」

これから先どれほどの辛苦がのしかかるであろうその小さな白い手を固く握って、男は語った。そして子ども一人一人が細い首でしっかりと頷いたのを見て頷き返した。

おはぐろどぶに囲まれたこの狭い籠の中では、凧は満足に飛ばせないかもしれない。

そんな事は凧売りだって百も承知だ。

それでも男は毎年来る。

力強く頷く目の前の禿たちが、やがてこの傾城(けいせい)の夜を明るく照らす無数の切ない灯火の担い手となるのだと思うと、ひとつひとつ筆を揮(ふる)ったこの凧がせめて今、色とりどりの子どもらしい夢を乗せて吉原の空を綾取る事を願わずにはいられなかった。

誰に甘えることもなく、それぞれの置屋で芸を身につけ、小間使いの日々を働く禿たちの事を「頼もしい」という言葉で片付けるのは簡単だ。しかしそう言ってしまうには本当はまだ、彼女たちは余りに幼い。手に余る大きな凧を胸に抱え、大はしゃぎで仲之町を一斉に駆けてゆく小さな後姿を切なく見送り、さアてと男は立ち上がった。

今度は大人の番である。

「そんならお約束通り、わっちはあの妓(こ)に遊んでもらおうかな」

振り返った顔はすっかり緩み、鼻の下はだらしなく伸びている。

「兄さん、良い人なのか悪い人なのか分かんないね」

女郎たちはくちもとを袂で覆ってくすくす笑った。

※「一分金」など、江戸の貨幣についてはこちら

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