[お江戸小説] ココロサク 【1話】いつものくれない荘でいつもの朝:2ページ目
「母さん、おはよう!お隣さんの二人、また賑やかにやってるねぇ」
「おはよう、おりん。そうだね、おすみさん怒らせちゃったら、しばらくは続くかもねぇ。さ、ごはんが冷めないうちに、お食べ」
「ん~!いい香り~。」
炊き立てのごはんのふんわりとした香りは、鼻孔をくすぐり、なんとも幸せ。今日の献立は、ごはん、豆腐の味噌汁に大根の漬物。私が朝ごはんを食べる傍ら、ひと足先に早く食べ終えた母さんはすでに洗濯物を干して、仕事場の呉服店に向かう準備をしている。化粧をほとんどしなくても、きめ細かい肌に艶のある髪が母さんの美しさを引き立たせているなぁと惚れ惚れ。
おっと!あまりゆっくりしていると、水茶屋(※4)の仕事に遅れてしまう。食べ終わった茶碗を湯茶ですすいで箱の中に入れて蓋をしたら、後片付けは終了。夜に食べる分のごはんをお櫃に移して、布団をさっと片付けてから身支度に取り掛からなければ。といっても押入れはないので、たたんで部屋の隅に置いておくだけなんだけど。
ふと、今日の風はどんな具合だろう、と思って外に出てみると、容赦なく吹きつける風。後架(※5)から流れてくる強烈なニオイに、思わず顔をしかめてしまう。これは、もしかして福助の…と思いきや、斜め向かいの家の福助がガハハと笑いながら、さっきウンコしたから臭うでしょ、なんて言うのも、いつものこと。お前はガキか!と言いたくなるけど、天真爛漫で憎めないヤツなんだよなぁ。
なんだかんだいって平和で、やっぱりここは落ち着くねぇと、おりんは呑気ですが…。いつまでも平穏な生活は続かないのが、世の常というもの。なにやら、おりんのまわりはせわしくなりそうです。そんなことは露知らず、母さんと楽しそうにおしゃべりしながら仕事に向かうおりん。さてさて、どんな日々が待ち受けていることやら。(つづく)
※4 水茶屋(みずぢゃや)……やや高級な休み茶屋。寺社境内にあることが多い。客は、看板娘を目当てに来店する。
※5 後架(こうか)……裏長屋の共同のトイレで、踏み板を渡しただけの簡易な造り。扉は下半分だけなので、人が入っているときは頭が見えている。
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