八咫烏、3本足ではなかった?東西の聖地・熊野と出羽三山を巡る「八咫烏の伝説」の謎:3ページ目
出羽三山の八咫烏
山形の庄内地方に、有名な霊山の出羽三山があります。出羽三山は、「羽黒山・月山・湯殿山」から構成され、羽黒山は過去、月山は現在、湯殿山は未来を表すとされ、この順番で登拝すると、生まれ変われると言われています。
こちらの八咫烏伝説は、熊野の神武天皇伝説とよく似ていますが、主人公は蜂子皇子(はちこのおうじ)です。
蜂子皇子は飛鳥時代の崇峻天皇の第三皇子です。しかし父の崇峻天皇は592年、蘇我馬子によって殺害されてしまい、蜂子皇子も自分に危険が及ぶのを感じて都を逃れ、日本海側へ下ったと伝えられています。
皇子は船で、現在の山形県鶴岡市の由良の浜にたどり着きます。そこで神楽を舞う八人の乙女と出会い、乙女たちの導きによって三本足の八咫烏が現れます。
八咫烏は皇子を羽黒山の奥深い山中へ導きました。皇子は羽黒山の阿久谷(あこや)で修行し、のちに三山を開いたとされます。
羽黒山という名前は、皇子を導いた「烏の黒い羽」にちなみんで名付けられたとされています。
熊野の八咫烏も、羽黒山の八咫烏も、いずれも役目を終えた後は姿を消しており、特に記述はありません。自然の成り行きとして天界に戻ったのでは思われています。
ただ、八咫烏は地上に残り自然に溶け込み、我々を見守っていてくれているのかもしれませんね。




