八咫烏、3本足ではなかった?東西の聖地・熊野と出羽三山を巡る「八咫烏の伝説」の謎
日本サッカー協会(JFA)のシンボルマークでおなじみ、八咫烏(やたがらす)。勝利を導く存在として、見かけることが多いですね。
烏は声がうるさいとか黒くて怖いなどと言われて、実社会ではあまり好かれていない印象ですが、なぜ神の使いなのでしょうか?
筆者は熊野古道へ訪れたことがあり、そこにまつわる八咫烏の伝説に魅了されました。また、山形県の出羽三山にも同じように八咫烏の伝説があり、最近訪れました。東西をつなぐ八咫烏の謎に迫ります。
元々は3本足ではなかった
八咫烏は、日本神話のなかで「神武東征」に登場します。初代天皇とされる神武天皇が熊野から大和(奈良)へ向かう際、天から遣わされて道案内を務めた「導きの神」が八咫烏です。
実は700年代に成立した『古事記』や『日本書紀』では、単に「巨大なカラス」として登場し、足の本数への言及はありません。平安時代中期(930年頃)の辞書『倭名類聚抄』あたりから、八咫烏と3本足が結びつき始めます。
これは、中国由来の「三足烏(さんそくう)」という太陽に棲む伝説の鳥のイメージが、八咫烏と混同・融合していったためと考えられています。
3本足の意味
ではこの3本の意味は何でしょうか。
諸説あり定かではありませんが、いくつかご紹介します。
- 天地人説: 神(天)、自然(地)、人間(人)を表し、それぞれが同じ太陽のもとで兄弟であるとする考え方。
- 陰陽五行説:数字の2は陰、3は陽を表すため、登っては沈む太陽の象徴として3本足になった説。
- 歴史上の氏族:神武天皇を助けた熊野の豪族「頭八咫烏」の3つの苗字・勢力を表すという説。
うーん、どれも一理ありそうです。
2ページ目 神武天皇はなぜ熊野へ? 八咫烏はどこから来たの?