『逃げ上手の若君』天皇暗殺を企てた公卿・西園寺公宗の悲劇―実弟の密告、妻の目の前で訪れた最期【後編】:3ページ目
やがて公宗に運命の日が訪れます。
同年6月22日、公宗による後醍醐天皇暗殺計画が露見。発覚したのは、公宗の弟・公重による密告でした。
武者所から楠木正成と高師直らが出動。公宗ら陰謀に関わった者たちの捕縛にあたりました。
『太平記』では、京で公宗と泰家が挙兵し、東国で北条時行、北陸で名越時兼らが兵を挙げるという全国規模の反乱計画があったともされています。
これらは史料的裏付けはく、公宗の官職や影響力や交友関係から想像されたものでしょう。
これが本当かどうかはともかく、同年に7月に北条時行は信濃で挙兵。一時鎌倉を占領するなどしています。
この中先代の乱の広がりは、公宗のその後を決定づけました。
当初、公宗は出雲国へと流罪が予定されていたようです。しかし北条氏による反乱が危険視され、処分は重い方向に進んで行きます。
8月2日、流罪途中で公宗は名和長年によって処刑。享年26。一目会いたいと訪れた妻・日野名子の目の前での首を斬り落とされたといいます。
ショックを受けた名子はうめき声をあげてその場に倒れ込みました。そしてほどなくして名子は公宗の子である男児を出産。その子はのちに西園寺実俊と名乗り西園寺家を継承していくのです。
近代には、西園寺家からは西園寺公望を輩出。首相となって激動期の日本の政治をリードしています。
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