【豊臣兄弟!】前田利家がまさかの撤退!「賤ヶ岳の戦い」裏で妻・まつはどう動いたのか?:3ページ目
賤ヶ岳の戦いのときまつはどう動いたのか
さて、この利家の戦線離脱の決断に対して、まつはどのような動きをしたのでしょうか。
まつが、直接的に何かの行動に出たという一次史料はないそうです。
けれども、まつは秀吉の正室・寧々とも親しい関係にあり、その人脈を活かし何かしら外交的な役割を果たした可能性が高いという推測がされています。
主に『川角太閤記』(江戸時代初期成立の二次史料・聞書)では「秀吉は利家と会談をする前にまず、まつと面会した」あるそうです。
そのときに、まつが秀吉に利家の赦免を嘆願・釈明し和議が成立したという話が、一般的にもっとも知られている逸話だといわれています。
ドラマでも豊臣兄弟は、「まずは妻から調略」して話を通す場面が多く登場したのを思い出しますね。
まつは長男・利長に「豊臣に従軍せよ」と伝えた…
さらに、金沢文芸館HPの“「戦国乱世を生きた良妻賢母」~利家の正室まつ(芳春院)の生涯~” という講座(金沢工業大学名誉教授・藤島秀隆氏)「利家夫婦の第二の危機」の記述を一部、引用してご紹介します。
早くから秀吉の勧誘に応じて、利家は中立的な立場をとらざるを得なかっかった。利家は勝家および秀吉と親しい間柄で、戦意を持たなかったと思われる。
まつは長男利長に対して、秀吉側に従軍することを強く勧めたという。心ならずも敵味方に分かれた秀吉と利家の関係修復と斡旋に心をくだき、両者の仲を復活させたまつの努力は、賢夫人と賞賛するに値する。
と、まつが敵味方に分かれてしまった秀吉と利家の関係修復に、長男・利長に秀吉に従軍することを強く勧めたという説です。
確かに、戦国一の賢夫人ともいわれるまつらしいと頷ける説ですね。
2002年大河『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』で、「私にお任せくださりませ」のまつを演じた松嶋菜々子さんのセリフが題になりました。
浅野加寿子エグゼクティブ・プロデューサーによれば
「ある意味では女性のカンから出た言葉ですが、出まかせではないんです。カンというのは経験や情報に裏打ちされているもので、先行き不透明な時代ほど女性のカンがものいうんです」と解説。
(NHKアーカイブス 大河ドラマ『利家とまつ加賀百万石物語〜』)
「先行き不透明な時代ほど女性のカンがものいう」という説明は、すごく納得です。
ドラマでは、まつが「秀吉が有利」とカンで見抜き「無駄な戦いで兵たちの命を散らすな」と利家に意見をする……という流れだったとか。
まつが秀吉に放免を嘆願したという逸話は強調せず、夫婦の対話による利家の決断が描かれていたようです。

