『豊臣兄弟!』ついに賤ヶ岳の戦い!“一番槍”で活躍した猛者・桜井家一の知られざる死闘:2ページ目
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賤ヶ岳以降、再び秀吉の家臣に
かくして武勲を上げた佐吉ですが、賤ヶ岳以降は、あまり合戦に従軍した様子が見られません。もしかして宿屋七郎左衛門との戦傷で後遺症が残り、陣頭指揮をとるのが難しくなってしまったのでしょうか。
やがて天正19年(1591年)に小一郎が亡くなると、その婿養子であった羽柴秀保(ひでやす。小一郎の甥で姉ともの三男)に引き続き仕えました。
その秀保も文禄4年(1595年)に亡くなると、再び秀吉の直臣として仕えます。しかし翌文禄5年(1596年。10月から慶長元年)の8月に世を去ってしまったそうです。
桜井家一・基本データ
- 生没:生年不詳~文禄5年(1596年)8月没
- 出身:不明
- 出自:不明
- 家族:不明
- 通称:佐吉、和泉守
- 官位:なし?(位階がないため、和泉守は私称と思われる)
- 主君:羽柴秀吉→羽柴秀長→羽柴秀保→羽柴秀吉
- 所領:丹波国(京都府中部)3千石
- 武功:賤ヶ岳の合戦(一番槍、宿屋次郎助ほか一騎討取)
- 妻妾:不明
- 子女:不明
終わりに
今回は賤ヶ岳の合戦で活躍した桜井佐吉家一について、その生涯をたどってきました。果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」には、大勢いた若武者の一人として登場・活躍してくれるのでしょうか。
他にも秀吉の天下獲りを支えた武将はたくさんいるので、また紹介したいと思います。
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※参考文献:
- 阿部猛ら編『戦国人名事典 コンパクト版』 新人物往来社、1990年8月
- 杉山博 編『豊臣秀吉事典 コンパクト版』 新人物往来社、2007年5月
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