遊女への豪遊が「砂糖の値段」を吊り上げた?オランダ人も虜にした丸山遊郭と江戸スイーツの関係:3ページ目
丸山遊郭とオランダ人
このように砂糖の値段が江戸の食文化に影響を与えた一方で、遊廓の存在が砂糖の相場を左右したという記録も残っています。
享保十七年、長崎の和蘭屋敷に出入りした丸山遊廓の女郎は、延べ24,644人に達しました。ものすごい数です。
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これほどの人数が出入りする場では、遊興費も莫大な額になるのが当然です。
そこで、遊郭に出入りしていたオランダ人がいました。彼らが遊郭で支払った遊興費の正確な額は不明ですが、その費用を捻出するために、彼らは日本の商人に砂糖を高い値段で買わせたとされます。
丸山遊廓での交際費が、砂糖の相場に影響していたのです。
こうした構図は、当時の経済構造を考えるうえで興味深いものです。遊廓の需要が砂糖の価格を押し上げ、江戸の甘味文化と海外との関係が思わぬ形で結びついていたのです。
江戸の町に広がった甘味文化の背景には、こうした複雑な経済の流れが存在していたのです。
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参考資料:樋口清之『日本史探訪 もう一つの歴史をつくった女たち』ごま書房新社、2025年
画像:Wikipedia,PhotoAC



