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『豊臣兄弟!』光秀の心は“あの時”から壊れていた…呪縛を解かれた信長「ぜひもなし」は豊臣兄弟へのアンサー

『豊臣兄弟!』光秀の心は“あの時”から壊れていた…呪縛を解かれた信長「ぜひもなし」は豊臣兄弟へのアンサー:4ページ目

最期まで信長と一緒にいた森乱

天正10年6月2日、本能寺にて明智光秀勢と戦い、疲弊してきた信長の前に、次々と因縁のある人物の幻影が現れます。

明智光秀の幻を「お前じゃない」と斬り、「相撲の決着をつけよう」と挑む浅井長政の幻を斬り。

信澄の幻に斬られそうになったとき助けてくれたのは、死んだはずの弟・信勝の幻。

と、思いきや、最期まで共にいた森乱(市川團子)でした。「お気を確かに」という乱の言葉に我に返った信長は、脇差を求め、「自分の首を敵に渡すな」と命じます。

以前、森乱を演じる市川團子さんは、「最期の時だけは、この人が安心して居られるように、自分にできる限りのことをしよう」と思って演じたと語っていました。

信長が自害する覚悟を決めたと知り、忠臣として見守らねばという思いと、死んで欲しくないという思いの葛藤に揺らぐ森乱。

信長が、ふと優しく森乱の頬に手をあてた場面は美しさすら感じました。乱の中に可愛がっていた弟・信勝に似たなにかを感じていたのか、まだ18歳という若い乱の中に、手垢の付いていない清冽な忠義心を感じたのか。

『絶対に兄を裏切らない弟』に焦がれていた信長は、乱の真摯さに「お前が弟であったなら……」と思ったように感じました。

史実では、森可成(水橋研二)の三男・森成利(乱)、四男・坊丸長隆、五男・力丸長氏は、本能寺の変で討死にしました。

森乱は、以前は「信長の色小姓」的な描き方が多かったのですが、さすが「攻めの三左」という異名をとった父の子、武勇に優れた近習として描かれていたのもよかったですね。

5ページ目 「豊臣兄弟」に向けて言った「ぜひもなし」

 

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