『豊臣兄弟!』鯉に毒は本物?武将たちはどこにいた?本能寺の変の生還者たち…第27回の気になる描写を考察:4ページ目
本能寺の変から生還した者たち
明智光秀の軍勢に取り囲まれて絶体絶命!みんな殺されてしまったのかと思いきや、実は生き延びた者も少なからずいました。
例えば女性たちは信長の指示によって積極的に脱出しており、また誠仁親王(さねひとしんのう。正親町天皇第一皇子)や公家たちについては明智光秀との協議によって脱出しています。
本能寺の変と聞くと、それこそ有無を言わさず攻めかかった印象がありますが、意外と理性的だったのかもしれません。
他にも博多商人の神屋宗湛(かみや そうたん)や島井宗室(しまい そうしつ)らも脱出、明らかな非戦闘員については見逃されたのでしょうか。
いっぽう織田信忠(小関裕太)が横死を遂げた京都妙覚寺では、織田長益(源五。信長の弟)が自害しようと準備していたら、周りに敵がいないからと逃げ延びました。
この長益は信忠に対して早く自害して敵の手にかからぬよう勧めておきながら、自身は生き永らえるという振る舞いを人々から批判されています。
ほかにも信長に仕えていた黒人の弥助(やすけ)は明智勢に降伏し、捕虜となり釈放されました。
第28回放送「急げ!秀吉」
※次回「急げ!秀吉」あらすじ&場面写真:
『豊臣兄弟!』運命の“中国大返し”へ!7月19日放送「急げ!秀吉」あらすじ&場面写真が公開
弟殺しの罪業に苛まれながら、信長は本能寺の劫火に消えていきます。信長の前に現れた亡き弟・織田信勝(中澤元紀)の「ろくな人生じゃありませんでしたな」という言葉は、信長の本心だったのでしょうか。
そして秀吉と最後に交わした「上様が創った天の国を照らす太陽になる」という約束?を、是非もなしと締めくくっています。
これはどういう意味だったのか、解釈が分かれそうですが、おおかた「後は頼んだぞ」くらいの意味だったのでしょう。
果たして信長の悲報を聞いた秀吉は、悲しみから一転、天下人への階段を駆け上がっていくのでした。
信長の死によって大きな時代の転換点を迎えた戦国乱世を、これからも見届けていきましょう!
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