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『豊臣兄弟!』荒木村重(トータス松本)が見殺しにして、妻・だし(山谷花純)と竹中半兵衛(菅田将暉)が助けた二人の幼子の運命

『豊臣兄弟!』荒木村重(トータス松本)が見殺しにして、妻・だし(山谷花純)と竹中半兵衛(菅田将暉)が助けた二人の幼子の運命:4ページ目

 
2026/06/21

毅然とした中にも「命は救えた乳飲み子」への想い

『信長公記』によると、信長は、磔・斬首・火あぶりなど700人近い人をジュノサイド処刑で惨殺。

この大殺戮の最中、一人、命拾いをした乳飲み子がいました。それが、村重の息子でのちの岩佐又兵衛勝似です。(2歳位だったとも)この子は、村重とだしの間の子とする説と、だしは側室なので正室と村重の子とする説などがあります。

だしは、家臣を裏切った武将の妻として我が身の処刑は受け入れたものの、幼い息子の命だけは助けたいと護送の途中、乳母の懐に隠し脱出させたそう。

そして、だしは白い経帷子の上に色鮮やかな小袖を纏った姿で、大八車に縛り付けられ京都市内を引き回しの上、六条河原にて斬首されました。

同様に処刑される家臣たちの妻たちに、少しでも恐怖を与えないようにと思ったのでしょう、毅然とした姿だったと伝わります。

残される我が子に「何も恥いることはない。母の最期は立派だった」と残したかったのかもしれません。

だしの辞世の句は複数ありいずれも堂々としたもの。けれど、

「残しをく そのみどり子の心こそ おもいやられてかなしかりけり」(この世に残していく子の気持ちが思いやられて悲しい)

この句は唯一、無事に逃げたであろう我が子の行く末を思う母の悲しみと無念さが伝わってくるようです。

生き延びた乳飲み子は「怨念の絵師」に

母のおかげで生き延びた赤ん坊は、その後、母方の姓(乳母の姓とも)「岩佐」を名乗り岩佐又兵衛勝似となり、信長の息子・信雄の「御伽衆」として仕えた後、京都で浮世絵師として活動を始めました。

その画風は、大和絵から水墨画まで絵巻の特徴をよく押さえたもので一癖も二癖もある画風と評されました。

代表作の一つで印象的なのが『山中常盤物語絵巻』です。

源義経の母・常盤御前が、奥州にいる義経に会うために旅立つも、美濃の山中宿で病に倒れます。そこへ6人の盗賊が押入り、所持品だけでなく身にまとう着物まで奪い去ります。

常盤は「肌を隠す小袖を残すのが人の情けというもの。さもなくば命を奪いなさい」と叫ぶと、盗賊は刀で常盤の胸を刺して殺した……という悲劇が描かれた絵巻で、全12巻合わせると150メートルも超える超大作となっています。

「怨念」と母への「思慕」の感情を絵に込めた

おそらく又兵衛は、常盤の非情な運命を知り、母親・だしの最期に思いを馳せたのではないでしょうか。

父が逃げ生き延びたこと、残された者は筆舌に尽くし難い残酷な処刑をされたこと、命じた織田信長が非道なこと、などに怨念の魂を燃やし続けたのかも。

そこに、若く美しかった亡き母への思慕の情がない混ぜになり激情が吹きこぼれそうなのを、ずっと抑えていたのかもしれません。

この作品を描きあげる気力や執念に、さまざまな思いが込められている気がしました。

理由はどうであれ、荒木村重の行動で殺されそうだった幼子二人の命は、竹中半兵衛とだしの行動でその先の未来を生きることができたのです。

ドラマ「豊臣兄弟!」では、この先どのように描かれていくのでしょうか。

参考:
歴史探偵「竹中半兵衛と黒田官兵衛 知られざる涙の絆」
MOA美術館「山中常物語」
『戦国 忠義と裏切りの作法』小和田哲男監修

 

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