朝ドラ『風、薫る』虎太郎(小林虎之介)が再登場!『立身出世』を夢見る明治社会の若者群の象徴か:4ページ目
明治時代、銀座に製薬会社を設立した「資生堂」
明治時代、「銀座の製薬会社」といえば代表的なのが、明治5年(1872)に元海軍病院薬局長・福原有信が、日本初の民間洋風調剤薬局として創業、現在の銀座七丁目に社屋を構えた「資生堂薬局」(福原商店)が挙げられます。
りんと虎太郎が再会した頃の明治21年(1888)には「福原衛生歯磨石鹸」という日本初の練り歯磨きも発売。明治30年(1897)に化粧水「オイテルミン」の開発を機に化粧品業界へと進出していきます。
虎太郎が銀座のどこの製薬会社に勤めているのかは今のところ不明ですが、「必ず出世するから」とりんに誓っていましたね。
明治時代の正社員の給料は、たとえば明治30年頃、小学校の教員や巡査の初任給は月に8~9円ぐらい。 一人前の大工や工場のベテラン技術者で月20円ぐらいだったようです。当時の1円は現在の3万円くらいの価値があったそう。
成長株の業種で出世して給料が上がり、故郷に残した家族にも仕送りができるようになれば、初めてりんと肩を並べることがでると思ったのではないでしょうか。
漢方薬に用いられていた素材「虎」
ちなみに虎太郎の『虎』という字。
コレラは急に激しい症状に襲われるため「1日に千里を走る」という虎のイメージから「虎烈刺」「虎列拉」「虎列刺」などと表記されていました。
けれども、その反面「力強く勇猛で生命力に溢れる」というイメージが受け入れられ、実際に虎は漢方薬にも用いられていました。
たとえば、虎の頭蓋骨「虎骨(ここつ)」は古くから漢方薬として煎じて消炎・鎮痛剤として用いられていたそうです。
虎骨は虎骨酒として製剤化されたり、煮詰めて膠質を取り出したものは虎骨膠として使用されました。
現在でも「五虎湯」はせきどめの薬として有名ですよね。五種類の生薬を用い、五臓の肺の守護神が白虎であることから五虎湯と名付けられたそうです。
虎太郎の名前の由来は、将来「薬種商」の道に進む人物だったため……か、どうかはわかりませんが、勇敢でたくましく生命力に溢れて突き進む男に育つようにと名付けられたかもしれません。

