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『豊臣兄弟!』竹中半兵衛の死後、秀吉四参謀はどうなった?謎多き家伝「武功夜話」が伝えるそれぞれの最期

『豊臣兄弟!』竹中半兵衛の死後、秀吉四参謀はどうなった?謎多き家伝「武功夜話」が伝えるそれぞれの最期:3ページ目

正勝が死の床で語った豊臣政権への不安

次に亡くなったのは蜂須賀小六正勝です。秀吉が関白宣下を受けた翌年の1586年(天正14年)になると小六は病に臥せ大坂で養生していましたが、7月8日に没します。享年61歳でした。

正勝は見舞いに訪れた長康に対し「自分の今日があるのは太閤殿下のおかげだ」と述べ、阿波17万石を拝領している子息・家政の後事を頼みました。

ただ一方で、「昔と違い今は秀吉のもとには多くの才子がいる。そなたも意見を述べる時は重々注意したほうがよい」としたうえで「我らは戦には強いが、平時のこととなると彼らの方に分がある。自分も上京していろいろと殿下に意見したいこともあるがこの身では叶わない、どうか長康殿も自分を大切にして欲しい」と最後は盟友の身を案じています。

秀吉の天下統一事業が進むにつれ、かつて秀吉を支えた宿老たちの立場に異変が起きつつあることを、死を前にして正勝は予感していたのです。

4ページ目 秀吉が天下統一するも、秀長は病で政務を行えず…

 

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