朝ドラ『風、薫る』別れの時へ…バーンズ先生が残した名言と軌跡━━実在モデルが日本に残した偉業:4ページ目
「What is nursing?」
バーンズ先生が、看護学生たちに一番伝えたかった言葉。
「What is nursing?」。
ナイチンゲールの著書『NOTES ON NURSING』(1859年)に書かれている言葉です。この本は近代看護の原点とされる名著ですが一般女性に向けたものでもありました。
看護学生たちは、看護で重要なのは『observe=観察』であることを学びます。バーンズ先生は、常に看護学生たちも病院の医師たちもしっかり観察していました。
病院ではわざと日本語がわからないフリをして医師や患者を観察。医師らは何か不利益なことがあったら看護学生のせいにしようと目論んでいるので、その兆候を観察して彼女らを守っていました。
また、看護は患者の死に向き合う仕事なのでときには挫けてしまうもの。優しい心とともに、強い心・冷静さも必要だと教えたのでした。
事実、バーンズ先生ことアグネス・ヴェッチが育てた大関和と鈴木雅は偉大な功績を残しました。
大関和は、医師と渡り合うほどの知識やスキルを持ち、「いつか日本のナイチンゲールになる」と評判になり、看護を指名されるほどの人物に。看護の基本である清潔や換気、手洗い、栄養などの重要性を説きつづけ、感染症対策の第一人者と呼ばれるほどの人物になりました。
鈴木雅は日本最初の派出看護婦会を設立。現在の在宅看護に通じる派出看護婦は、病院の中だけでなく、患者の家庭などに出向いて看護にあたる看護婦を育てました。雅は貧しい人々には無料で派出看護婦を派遣したそうです。この働きは「看護婦」という存在を世の中に広めることに大いに貢献しました。
アグネス・ヴェッチは、昭和17年(1942)に故郷のエディンバラで死去しています。
自分が育てた和や雅が、その後日本に「看護」を根付かせるという偉業をなしとげ、日本の看護界にその名を刻むような人物にまでなったことはヴェッチの耳に届いたでしょうか。
またいつか「再会」できたら
ところで、予告動画でバーンズ先生が口ずさんでいた“蛍の光”。
スコットランドの民謡『オールド・ラング・サイン』を元にした曲です。
歌詞は「旧友と再会してお互いの友情のためこの一杯を飲み干そう」というような、旧友と過ごした日々を懐かしむような内容。
「風、薫る」の『旅立ち』のストーリーを思うと、『蛍の光』の堅苦しい言葉の羅列の歌詞よりも、原曲の歌詞のほうがぴったりのような気がしました。
もしかしたら。バーンズ先生は苦楽を共にしつつ、教えたことを吸収して立派に育った日本初の看護学生たちには、「生徒」というより同志のような感情を抱いているのではないかな……などと勝手に想像してしまいました。
看護だけではなく、一般女性の生き方に通じるさまざまな言葉を残してくれたバーンズ先生。
『オールド・ラング・サイン』の「旧友と再会して一杯を飲み干そう」のように、いつか、また、バーンズ先生と再会できたらいいなと思いました。
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参考:
- エディンバラ王立救貧院病院とアグネス・ベッチ
- 明治のナイチンゲール 大関和物語 -田中ひかる 著 (朝ドラ「風、薫る」原案)



